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第12話 blood,sweat&tears

話を終え、ユリアンはそこに憎い相手がいるかのように、なにもない空間を睨み付けた。


私は、今聞いた話を飲み込むために、少しの間沈黙して考え込んだ。


彼の壮絶な人生をじっと聞いていたら、それを一緒に体験しているような気持ちになっていた。


大切な人をことごとく国に奪われ、復讐を誓った少年。


彼は、大切な人を巻き込み、守れなかった自分を許せないでいる。



ユリアンは似ていると思った。



ハルカを失った私と。



ハルカを亡くして、泣き叫んで絶望して、死んでしまいたいと願った私と―




3ヶ月前、ハルカが亡くなったとき、祖母は講演の為に行っていたアメリカからすぐに帰って来てくれた。


絶望して何も食べず、話しもせず、泣きもしなかった私を祖母は抱きしめて、ただこう言った。



「香子…今あなたが考えていることを、言ってみなさい」



その祖母の言葉で、堰を切ったように私は話し始めた。



口に出したって周りの人を困らせるだけだから、言えなかったこと。



それでも、頭の中で考えるのをやめられなかったこと。



それらを口に出すことで、どんなに気持ちが救われるか、私はそのとき身を持って知ったのだ。




「私は…私が許せない」




呟いた言葉と一緒に、涙が流れた。




「ハルカに…ひどいことを言った自分が、許せない」




泣きながら、喘ぎながら、絞り出すように私は話した。




「ハルカを、大切にしなかった自分が、許せないの…!」




どうして生きているときに、もっと大切にできなかったのだろう。


あんなに大事な人だったのに。




「死にたい。ハルカがいないなんて、耐えられない…。私、ハルカがいないのに、何にも変わらない世界が…自分が、許せないの。生きているのが…苦しい…」




私の心はハルカを失った絶望に、押しつぶされそうだった。

私は、ハルカを失ってからずっと、自分を責めていた。


ハルカとの些細な喧嘩さえ何度も思い出して、後悔を繰り返していた。


彼の命にはタイムリミットがあると、出会った時から聞かされていたのに。


彼の死がいつも、彼のすぐ傍らにあるものだったと、分かっていたのに。


だからこそ、彼を大切にできなかった全ての時を、私は悔いていた。



許して…


ハルカ


戻って来て…


投げかけたその願いに、私は自分で返事をする。



…戻ってなんて、来ない。



もう二度と、ハルカには会えない。

もう、この世界のどこにもハルカはいないのだ。

いない……


嫌だ

嫌だよ…


「嫌だ…!」


苦しくて辛くて、どこにもやり場のない感情を爆発させて泣き叫ぶ私を、祖母は抱きしめ、私の頬を力強く両手で包み込んで引き寄せながら、静かな声で語り始めた。


祖母の声以外の音が、消えた気がした。



世界が息をひそめて、祖母の声に聞き耳を立てているようだった。




『香子、香子。聞きなさい。ちゃんとこちらを見なさい。いい?香子…』




ユリアンの茶色い目をじっと見つめ、私は祖母に言われたことを思い出しながら、口を開いた。



『香子、あなたが全てを許せないのなら…』



「ユリアン、あなたが全てを許せないのなら、きっとそれで良いんだよ」



ユリアンはいぶかしげに眉をひそめる。


でも、と私は言葉を続ける。

祖母の声を、頭のなかでリピートしながら。


『どうして許せないのか…』


「どうして許せないのか、その理由を、決して忘れないで」


ユリアンが復讐するとまで、誓ったのは何故か。


簡単なこと。誰にでも分かること。


けれど特別意識されることはないままに、その大切な気持ちは薄れやすい。


一番大切なことは、復讐をすることではないはずで、自分を罰することでもなくて…

ユリアンの頬をそっと両手で包み込んで、私は言った。



「忘れないで、ユリアン」



優しい祖母の声。私を救った言葉。


ユリアンにとっても、少しでも助けになれば良いのだけれど。



『あなたがあなたを許せないのは…』


「あなたがあなたを許せないのは、狼を許せないのは…それはあなたが、ルーディを愛したから」



『悲しむのは…』


「悲しいのはね、あなたが妹を愛したから」



『そして、苦しむのは…』


「苦しむのは、あなたが二人を、今も愛しているから…」


一番大切なことは、たった一つ。


ただ、愛したこと。


その人を、愛したという真実。


それを忘れないでいれば、きっと大丈夫。

祖母はそう教えてくれた。


泣きながらしがみついてきたユリアンを、私は抱き締める。


「うっ…えっ…」


嗚咽を漏らしながら、ユリアンは言った。

「僕は…」


「許されたくなんかない…」


「うん」

吐き出されたユリアンの言葉に、私は頷いて応えた。


「二人とも僕を…恨んでくれたらいい」


「僕を許さないでほしい…」


「二人が大切だったのに…守れなかった僕を」


「じ…自分より大事だったのに」


「…うっあぁっ…」


喉をひきつらせて、ユリアンは激しく嗚咽を漏らす。

私はその震える背中をそっと撫でる。


「そう…だからなんだね…?今でもこんなに苦しいのは…」



「僕がルーディを、アイリスを…」



「…愛しているから」



「そうだね…」

私は微笑んで頷いた。



自分が人を愛したことを確認すると、人は安心できる。

祖母に教わったことだ。

私自身、祖母のおかげで、理解した。


この悲しみ、この絶望、それはどこから来た?


愛したから。喪ったその人を愛していたから。だからこそこんなに悲しい。こんなに苦しい。だからこそ、絶望に打ちのめされてしまうのだと言うこと。


それを理解したとき、ほんの少しだけでも、悲しみは遠ざかるから。




ユリアンの背中を撫でながら、あやすように静かな声で、私は言った。



「よしよし、いい子…」



「あなたは大丈夫…」



頬に流れる涙をぬぐってやりながら言った。



「私はそう信じてる」




「だってユリアンは、人を愛せる、優しい子だもの…」




私は、ユリアンの頬を撫で、背中を撫で、なだめ続けた。


私も人に同じことを言われたことがある。

ハルカに言われたんだ。


『香子、この先どんなに酷いことがあっても』


『お前なら大丈夫』


『俺は、そう信じてるよ』



それは、すごく幸せな記憶だったから。

私は大丈夫なのだ。ハルカが信じてくれているから。そう思って安心できた。

誰かに、君は大丈夫って、言ってもらえたら、どんなに心が軽くなることか。


ユリアンに今日会ったばかりの私では、あまり説得力がないかもしれないけど。




私が憎いはずなのに、ユリアンからはずっと、怒りよりも悲しみを強く感じてた。


今の彼は、憎しみに取り憑かれた復讐鬼にはとても見えない。


ただ悲しみにくれる、優しい青年。


だから私は彼を、人を愛せる優しい子だと、思ったのだ。



シリアス続きですみません!ちょっとずつ明るくなる予定ですから、もう少しお付き合い下さいませ。

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