第11話 ユリアン・フローゲの物語2
ちょっと残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
真夜中。
ルーディの寝室のソファで眠っていた僕は、妙な音で目が覚めた。それは、獰猛な動物のうなり声のようだった。
起き上がった僕の目に入ったのは、ルーディが眠っているはずのベッドに立つ、大きな銀色の狼の姿。
狼は、人型の時の僕の倍はあろうかという巨大な体で、銀色の毛並みは月光にあたって白く光っていた。
ルーディに覆い被さるように立っていたが、僕が目を覚ましたことに気付くと、顔をこちらに向ける。
毛皮の口元は、月明かりでもそれと分かるほど、真っ赤に染まっていた。
狼は僕に向かって、地の底から響いてくるような、低いうなり声をあげた。その肌を刺すような威圧感に、僕は動くことができない。動いたら…殺される。
それは予感ではなく、確信だった。
そのとき、狼は闇に取り巻かれた。闇はすぐに消滅し、そこには、銀色の髪を持つ、美しい男が立っていた。
造り物かのように整った顔立ちだが、そのぶん全く生気のない目が、余計に不気味だった。
顔の血を手で無造作に拭い、銀の狼は口を開いた。
「貴様が、ユリアン・フローゲだな?」
僕は動けなかった。
狼は僕の返事を期待しておらず、構わず話を続ける。
「わたしはアマデウス・ヴォルフガング」
狼の顔にはなんの表情も浮かんでいない。
「お前は、完璧に我々を敵に回した。取引先から逃げて、また街に戻ってくるなんて、舐めた真似をするもんじゃないな」
アマデウスは、少し表情を険しくする。
「言っても分からないお前に、実力行使をしにきた。お前自身ではなく、お前の親しい人に」
僕はゾッとした。
実力行使…?
そうだ…何をしていたんだこいつは?
…ルーディ?
僕は眠っているはずのルーディの方を見る。
「しかし、我々のボスは、お前の事が気に入ったらしくてね」
ルーディの足が、ベッドからはみ出している。
あぁ、寝相が悪いんだよな、ルーディは…
僕は少し安心して、名前を呼ぶ。
「ルーディ」
ルーディは応えない。
「なかなか骨がある奴だから、遊んでやろうってさ」
「ルーディ…?」
僕はそのとき、やっと気付いた。
そこには、ベッドには、
ルーディの足、
それだけ、しかなかった…
「ルーディ!?」
血溜まりのシーツには、赤い、塊と、裂けて、尖った骨。
「うぁっ……ああああぁ!!」
頭が真っ白になった。
こんな…
こんなこと、あってたまるか!
僕は夢中でアマデウスに飛びかかる。
ほとんど最強の種族と言われている狼に、勝てるわけが無いかもしれないが、そうせずにはいられなかった。
けれど、アマデウスは襲いかかった僕の拳を軽く交わして、片手で僕の顔をつかむと、力を込めて床に投げつけた。
「あぐっ!!」
床で頭を強かに打ちつけ、意識が一瞬飛ぶ。
ルーディ…
嘘だ。こいつ、ルーディを…
「喰ったよ」
アマデウスは言った。どこか楽しげな響きに、僕は怒りで我を忘れた。
「お前…!!」
渾身の力を込めて体を動か…そうとした。
けれど、顔はまだ捕まれたままで動かせず、両腕をアマデウスの足で踏みつけられ、頼りの足はいつの間にか、魔法封じの鎖でがんじがらめにされていた。
鎖に注目している僕を見て、アマデウスは笑った。鎖が勝手に動いて、両脚が更に強く締め付けられる。
「うあぁっ!!」
僕は骨が軋むほどの痛みに、うめき声をあげた。
アマデウスは僕をいたぶることを、見るからに楽しんでいた。
「残念ながら、お前には何もするなって言われていてね」
ふぅ、と息をつき、アマデウスは微笑む。
「ボスは、お前と遊びたいんだってさ」
「ユリアン・フローゲ、ボスからのお誘いだ」
「ボスまでたどり着けたら、相手をしてやる」
「俺でも、ボスでも」
「たどり着けたら、ね」
アマデウスはそう言うと、開いた窓から音もなく出て行った。
足の鎖が消えると、すぐさま僕は窓に駆け寄った。
けれど、夜明けの街には、もう奴の影すら見つけられなかった。
僕はルーディの片足と、血まみれのシーツを前に、慟哭し…復讐を誓った。
それが、奴らのボスの思い通りでも何でも、それ以外に選べる道はもう僕にはなかった。
親友にして名付け親。兄にして父親。
それが、僕にとってのルーディだった。
僕から妹を奪い、ルーディまでも…
アマデウスと、あいつらの組織、フロイデと、そのボス。
ひいては裏で糸を引いている、この国の政府。
そして、浅はかで愚かな自分。
全てを許さないと、誓った。
全てに復讐を、僕は誓った。




