第八章 東京の裂け目
境界管理局・地下本部の会議室には、緊張した空気が漂っていた。
モニターには日本地図が映っている。
赤い点――境界反応。
その数は、明らかに増えていた。
九条千景が腕を組む。
「三日前、境界反応は全国で十二箇所だった」
モニターが切り替わる。
「今は三十七」
ざわめきが起きた。
研究員の一人が言う。
「増え方が異常です」
神崎玲司は静かに画面を見つめていた。
「自然現象じゃない」
ナギが椅子の背にもたれながら言った。
「だから言ったろ」
その口調は妙に気楽だった。
だが言っている内容は重い。
「誰かが境界を壊してる」
九条がため息をつく。
「問題はその“誰か”よ」
ナギは肩をすくめた。
「普通の人間じゃ無理」
「どうして」
澪が聞いた。
ナギは澪を見る。
「境界は世界の骨組みみたいなものだから」
机に指で線を引く。
「普通の力じゃ触れない」
九条が言う。
「じゃあ、どうやって?」
ナギは少し考えた。
それから言った。
「境界に触れる力」
視線が澪に集まる。
澪は慌てた。
「え、私!?」
「違う違う」
ナギは笑った。
「お前は閉じる側」
少し真面目な声になる。
「でも開く側もいる」
神崎が低く言った。
「……同じ能力者か」
ナギは頷いた。
「たぶんな」
澪の胸がざわつく。
(境界を開く人間……)
その時。
警報が鳴った。
ビーッ!ビーッ!
会議室のドアが開く。
若い職員が駆け込んできた。
「九条さん!」
「何?」
「新しい境界反応です!」
モニターが切り替わる。
赤い点が光る。
場所は――
「東京?」
澪が思わず言った。
九条も目を細める。
「……新宿」
神崎はすぐ立ち上がった。
「規模は?」
「中規模ですが」
職員は言葉を続けた。
「異常な波形が出ています」
ナギが口笛を吹いた。
「へえ」
「何?」
澪が聞く。
ナギはモニターを指した。
「これ」
「?」
「人工的な境界反応」
会議室の空気が変わる。
九条が鋭く言った。
「つまり」
ナギは笑った。
「犯人、近くにいるかもな」
神崎が言った。
「出動だ」
一時間後。
夜の新宿。
ネオンが眩しい繁華街。
人通りは多い。
誰も知らない。
この街のすぐ近くで、世界の裂け目が開き始めていることを。
澪はビルの屋上から街を見下ろしていた。
「……ここに?」
神崎が頷く。
「地下」
九条がタブレットを操作する。
「古い地下通路がある」
ナギは柵の上に座っていた。
「人間の街、すごいな」
「落ちるよ?」
「落ちない」
ナギは笑う。
その時、澪の頭に違和感が走った。
ざわざわ。
空気が揺れる。
「……近い」
神崎が振り向く。
「分かるのか」
「はい」
澪は目を閉じた。
境界の感覚。
裂け目が呼んでいる。
その奥に――
別の意志。
澪は目を開けた。
「……います」
「誰が」
澪は地下の方向を指した。
「境界を開けてる人」
ナギの目が細くなる。
「ほう」
神崎は無線を取った。
「突入する」
地下通路は暗かった。
古いコンクリートの壁。
ほとんど使われていないらしい。
足音が響く。
澪の胸がざわつく。
奥から、淡い光が漏れていた。
神崎が手を上げる。
「止まれ」
四人は影に隠れる。
通路の先。
広い空間。
そこに――
巨大な魔法陣。
床いっぱいに描かれている。
そして中央に、人影。
黒いコート。
フードを被っている。
男だった。
彼は静かに何かを呟いている。
ナギが小さく言った。
「ビンゴ」
その瞬間。
男がゆっくり振り向いた。
フードの奥から、目が光る。
澪を見て、笑った。
「……やっと来た」
澪の心臓が止まりそうになる。
「え?」
男は一歩前に出た。
魔法陣が光る。
「待ってたよ」
静かな声。
「境界の鍵。」
神崎が剣を抜く。
「何者だ」
男は軽く頭を傾けた。
「自己紹介?」
少し笑う。
「それは後で」
魔法陣の光が強くなる。
空間が裂け始めた。
ナギが言う。
「……まずい」
澪が叫ぶ。
「止めて!」
男は楽しそうに言った。
「無理だよ」
そして手を広げた。
「もう始まってる」
次の瞬間。
地下空間が裂けた。
異界が、東京の地下へ流れ込む。
男の笑い声が響いた。
「さあ」
「世界を壊そう。」




