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第六章 境界の子

 森の奥から、低い振動が響いていた。


 ドン……ドン……


 まるで巨大な心臓が鼓動しているような音だった。


 神崎玲司は剣を構えたまま、闇の奥を睨んでいる。


「……何が来る」


 ナギは短く答えた。


「主」


「主?」


 澪が聞き返す。


 ナギは森の奥を指さした。


「この辺りの異界を支配してるやつ」


 神崎の目が細くなる。


「つまりボスか」


「そんな感じ」


 次の瞬間。


 森の木々がへし折れた。


 バキバキバキッ


 巨大な影が、ゆっくり姿を現す。


 澪は息を呑んだ。


「……大きい」


 それは獣のような姿だった。


 だが普通の獣ではない。


 四足の体。

 黒い毛。

 頭は狼に似ている。


 しかし、その体は――


 三階建ての建物ほどの大きさ。


 赤い目が、ゆっくりとこちらを見下ろす。


 低い唸り声。


 空気が震える。


 ナギが呟いた。


「……思ったより早いな」


 神崎が一歩前に出る。


「澪」


「はい!」


「下がってろ」


 剣を構える。


 ナギを見る。


「結界、まだ持つか」


 ナギは首を振った。


「こいつ相手だと、三十秒」


「十分だ」


 神崎は地面を蹴った。


 一瞬で距離を詰める。


 巨大な獣が前足を振り下ろす。


 ドォン!


 地面が砕ける。


 しかし神崎の姿はもうそこにない。


 次の瞬間。


 銀の閃光。


 神崎の剣が獣の脚を斬り裂いた。


 黒い霧が噴き出す。


 獣が咆哮した。


 グオォォォ!!


 音だけで空気が震える。


 澪は思わず耳を塞いだ。


「すごい……」


 神崎の動きは人間離れしていた。


 跳び、斬り、避ける。


 巨大な獣の攻撃を紙一重でかわしている。


 ナギは腕を組んで見ていた。


「へえ」


 少し感心した声。


「強いじゃん」


 だが次の瞬間。


 獣の尾が横薙ぎに振られた。


 ドォン!


 神崎の体が吹き飛ぶ。


 地面を転がる。


「神崎さん!」


 澪が叫ぶ。


 神崎はすぐ立ち上がった。


 だが口の端から血が流れている。


「……やっぱでかいな」


 獣が再び唸る。


 今度は澪を見た。


 赤い目が細くなる。


 ナギが小さく言う。


「まずい」


「え?」


「気づかれた」


 獣がゆっくり澪の方へ歩き出す。


 神崎が叫ぶ。


「こっちだ!」


 しかし獣は止まらない。


 澪の胸がざわつく。


 獣の視線が、まるで――


 何かを確かめているようだった。


 ナギが澪を見た。


「お前」


「え?」


「さっき、境界に選ばれてるって言ったろ」


「う、うん」


 ナギは真顔で言った。


「どうやら本当みたいだ」


 獣が咆哮する。


 グォォォォォ!!


 澪の頭が突然、強く痛んだ。


「……っ!」


 耳鳴り。


 視界が歪む。


 空が揺れる。


 その時、声が聞こえた。


 無数の声。


 ――境界。


 ――境界。


 ――境界の子。


 澪は膝をついた。


「なに……これ」


 ナギが目を見開く。


「……まさか」


 神崎も気づいた。


「澪!」


 獣が前足を振り上げる。


 澪の上へ落ちる。


 その瞬間。


 澪の体から光が溢れた。


 淡い金色。


 空気が震える。


 地面に巨大な紋様が広がる。


 獣の動きが止まった。


 ナギが呟く。


「……やっぱり」


 神崎が叫ぶ。


「澪!何をした!」


 澪は震えていた。


「分からない……!」


 しかし光は止まらない。


 空の裂け目が共鳴する。


 境界が揺れる。


 そして――


 巨大な獣が、ゆっくりと後退した。


 恐れているように。


 ナギは小さく笑った。


「すごいな」


 澪を見る。


「お前」


 静かに言う。


「境界そのものに触れてる。」


 神崎が息を呑む。


「……そんなはずは」


 ナギは肩をすくめた。


「でも現実だ」


 澪の光はゆっくり弱まっていく。


 獣は完全に距離を取っていた。


 そして森の奥へ消えていく。


 静寂。


 澪はその場に座り込んだ。


「……はぁ……」


 神崎が駆け寄る。


「大丈夫か」


「たぶん……」


 ナギが近づいてきた。


 澪をじっと見る。


 そして言った。


「決まりだ」


 神崎が警戒する。


「何が」


 ナギは澪を指差した。


「こいつ」


 少し笑う。


「境界の鍵だ。」


 澪は呆然とした。


「……鍵?」


 ナギは頷く。


「境界を閉じることができる唯一の存在」


 神崎の表情が変わる。


 しかしナギは続けた。


「でも」


 空を見上げる。


 裂け目はまだ開いたままだった。


「もう遅いかもしれない」


 澪の胸が冷たくなる。


「どういうこと?」


 ナギは静かに言った。


「境界は自然には壊れない」


「……え?」


「誰かがやってる」


 神崎が低く言う。


「……人為的ってことか」


 ナギは頷いた。


「そう」


 裂け目の奥を見ながら。


「この世界を壊そうとしてるやつがいる。」


 澪の物語は、さらに大きな事件へと進み始めていた。

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