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第四章 異界の少年

 裂け目が、音を立てて広がった。


 バキバキバキッ


 空間そのものがひび割れているような音だった。


 湖の水面が波立つ。


 地面が震える。


「崩壊が始まってる!」


 九条千景が叫んだ。


「玲司!」


「分かってる!」


 神崎は剣を構えたまま裂け目を睨んでいる。


 澪の目には、裂け目の向こうがはっきり見えていた。


 赤い空。


 黒い大地。


 歪んだ森。


 そして――


 巨大な影。


 ゆっくりと動いている。


 山のような大きさだった。


 澪の背筋を冷たい汗が流れる。


「……あれ」


 声が震える。


「何ですか」


 神崎は短く答えた。


「分からん」


 九条がタブレットを操作している。


「この規模の反応、記録にない!」


 裂け目がさらに広がる。


 その奥で、白い髪の少年がこちらを見ていた。


 さっきの声の主。


 澪の頭の中に、再び声が響く。


 ――お前。


 ――逃げないのか。


 澪は思わず答えていた。


「逃げた方がいいの?」


 神崎が振り向く。


「誰と話してる?」


「向こうの……」


 澪は裂け目を指した。


「白い髪の子」


 神崎と九条は同時に裂け目を見る。


 だが二人の表情は変わらない。


 九条が言う。


「……見えない」


 神崎も首を振った。


「俺にも」


 澪の胸がざわつく。


 つまり――


 自分にしか見えていない。


 裂け目の向こうで、少年が目を細めた。


 ――なるほど。


 ――本当に聞こえるんだな。


 澪は小さく息を吸った。


「あなた……誰?」


 少年は少し考えた。


 そして言う。


 ――名前か。


 少し間を置いて。


 ――ナギ。


 澪はその名を口にする。


「ナギ……」


 その瞬間だった。


 裂け目の奥で、巨大な影が動いた。


 ズン


 地面が揺れる。


 九条が叫ぶ。


「来る!」


 次の瞬間。


 裂け目から、黒い腕が伸びた。


 巨大な腕。


 湖の水面を叩き割りながらこちらへ伸びてくる。


「下がれ!」


 神崎が澪の肩を引いた。


 ドォン!


 腕が地面に落ちる。


 地面が割れた。


 岩が吹き飛ぶ。


 澪は呆然とした。


(大きすぎる……)


 影喰いどころではない。


 神崎が剣を握り直す。


「千景」


「分かってる!」


 九条は印を結んだ。


「封鎖術式、展開!」


 地面に青い光が走る。


 結界のようなものが広がった。


 しかし――


 巨大な腕が動く。


 バキン


 結界がひび割れる。


「うそ……!」


 九条の顔が青ざめた。


「強すぎる!」


 澪の頭の中でナギの声が響く。


 ――だから言っただろ。


 ――遅いって。


 澪は裂け目を見る。


「どういうこと?」


 ナギは巨大な影を見上げている。


 そして静かに言う。


 ――あれは門番。


 ――境界が壊れると出てくる。


 澪の胸が冷たくなる。


「じゃあ……」


 ナギは澪を見た。


 まっすぐに。


 ――このままだと。


 ――お前たちの世界、終わる。


 澪の心臓が強く打つ。


 その時。


 神崎が叫んだ。


「澪!」


 振り向く。


 巨大な腕が再び振り下ろされていた。


 ドォン!


 衝撃。


 地面が崩れる。


 澪は足を滑らせた。


「きゃっ!」


 湖の岸の斜面から落ちる。


 神崎が手を伸ばす。


「澪!」


 しかし間に合わない。


 澪の体は、そのまま――


 裂け目の中へ落ちた。


 


 風が止まった。


 澪はゆっくり目を開けた。


 赤い空。


 黒い大地。


 空気が重い。


 草の色さえ灰色だった。


「……ここ」


 体を起こす。


 裂け目は頭上に浮かんでいた。


 そこから神崎の声が聞こえる。


「澪!」


 だが距離が遠い。


 澪は完全に異界へ落ちていた。


 その時。


 足音がした。


 振り向く。


 白い髪の少年が立っている。


 ナギだった。


 澪をじっと見ている。


「……こんにちは」


 澪は思わず言った。


 ナギは少しだけ眉を上げた。


 そして笑った。


「人間に挨拶されたのは初めてだ」


 声は普通の言葉だった。


「え」


「こっちでは普通に話せる」


 ナギは肩をすくめる。


「お前が理解者だからだろうけど」


 澪は周囲を見た。


 異界の森。


 空気がひどく冷たい。


「ここ……危ない?」


 ナギは即答した。


「かなり」


「……」


「でも」


 ナギは澪を見た。


 少し興味深そうに。


「面白いことになった」


 澪は首を傾げる。


「何が?」


 ナギは裂け目の上を見た。


 巨大な影が動いている。


 そして言った。


「人間」


「うん」


「お前」


 少し笑う。


「境界に選ばれてるぞ。」


 澪は意味が分からなかった。


「え?」


 その瞬間。


 地面が大きく揺れた。


 ズン


 巨大な影が、こちら側に体を乗り出してきていた。


 ナギが小さく舌打ちする。


「早いな」


 澪の顔が青くなる。


「どうするの!?」


 ナギはくるりと背を向けた。


「走る」


「え」


「生き残りたいなら」


 振り返る。


 少し笑った。


「ついてこい」


 その瞬間。


 異界の森の奥から――


 無数の影が動き始めた。


 澪の冒険は、ここから本当に始まる。

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