第4話 「イナムラって誰ですか」
……どれくらい寝ていたんだろう。
そう思った瞬間、私は唐突に目を覚ました。
目を開けた途端、世界が**パァン!**と明るくなる。
まぶしっ。何これ、天国演出?
「……あ、死んだ?」
一瞬そう思ったが、視界に飛び込んできたのは蛍光灯と白すぎる天井だった。
いや、天国に蛍光灯はない。たぶん。
「……ここ、どこ?」
ぼんやりした頭で周囲を見回す。
白いカーテン、白い壁、白いベッド。
――はい来た。これはもう答えが一つしかない。
「病院……だよね?」
正解っぽい。
そして時間差で、脳内に記憶がリロードされていく。
「……あ、そうだ」
駅のホーム。
いじめてた高校生二人。
泣きそうな女の子。
止めに入った私。
――からの。
「後ろから電車ドーン、だ」
思い出すだけで背中がゾワッとする。
あの時の風圧と衝撃、完全に人生終了演出だったはずなのに。
「……え、私、生きてるよね?」
確認するように体を動かそうとして――動かない。
「あ、点滴刺さってるし」
腕には点滴。身動きほぼ不可。
でも不思議なことに、背中が痛くない。
「いやいやいや、おかしくない?」
どう考えても無事で済む事故じゃない。
なのに、痛みゼロ。
「私、そんなにタフキャラだったっけ?」
自分で言ってて違うと思う。
むしろ紙装甲寄りだ。
そうなると、気になるのは――
「……あの子、大丈夫だったのかな」
いじめられていた、あの女子高生。
私とぶつかった反動で倒れていたはずだ。
電車も来てたし、状況は最悪だった。
「無事……だよね?」
そうであってほしい。
若い子が怪我とか、ほんと後味悪すぎる。
そんなことを考えていると、
病室の外から気配がした。
「……さん?起きてますか?」
女性の声。
カーテン越しで姿は見えないけど――
「看護師さん、かな?」
「入りますねー」
返事を待たず、カーテンがシャッと開く。
現れたのは、若い看護師さんだった。
「あ、よかった! やっと目が覚めましたね」
笑顔がまぶしい。
さっきの蛍光灯より安心する。
「三日も意識なかったんですよ?」
「……え?」
三日?
「三日!? そんなに!?」
「はい。なので、少し混乱してても無理はないですよ」
いや混乱もするわ。
完全に時間泥棒に遭った気分だ。
「ちなみに……ここに来る前のこと、覚えてます?」
「えっと……駅で事故に遭って……」
「そうです。で、その時――」
看護師さんが、少し言いづらそうに言葉を濁した。
「その……一緒に運ばれた方が、いまして……」
「……一緒に?」
嫌な予感が背中を這い上がる。
「覚えてないですよね……」
その表情で確信してしまった。
――あの子に、何かあった。
まさか……。
そう思った瞬間、勢いよくカーテンが開いた。
「失礼します!」
現れたのは中年の男性医師。
声が無駄に元気だ。
「いやぁ、意識が戻られてよかった。お母さんも心配してましたよ」
「……え?」
「お母さん?」
聞き間違い?
いや、はっきりそう言った。
私の母は――五年前に亡くなっている。
……え、これ夢?
その後、医師は血圧測ったり、目にライト当てたりと一通りチェック。
「うん、問題なしですね」
満足げに頷く医師。
「では、いくつか質問しますよ。お名前は?」
「戸倉英子です」
一瞬言葉に詰まったが、ちゃんと答えた。
――はずなのに。
「……は?」
医師と看護師が、揃って固まった。
「いや、“は?”じゃなくて、戸倉英子です」
沈黙。
「……では、年齢は?」
嫌な予感しかしない。
「四十五ですけど……」
「……は?」
また止まる時間。
「ちょ、待ってください、なんでそんな反応なんですか?」
私は少し焦り始めていた。
「やはり記憶が混乱しているようですね」
「してませんから! めちゃくちゃ正気ですから!」
必死に訴える私に、医師は穏やかな笑顔で言った。
「大丈夫ですよ。もう少し休みましょうね――」
そして、爆弾発言。
「稲村さん」
「…………誰?」
「イナムラ?」
知らない。
そんな名前、人生で一度も名乗ったことない。
「……イナムラって、誰ですか?」
病室に、嫌な沈黙が落ちた。
――どうやら私は、
自分が誰なのか、病院と食い違っているらしい。
……これ、絶対ややこしいやつだ。




