第3話 「オバサン呼ばわりは、即・地雷です」
「あのねえ、あなたたち。ここは公共の場なんだけど?
もう少し静かにしたほうがいいと思うんだけどなあ?」
私が割って入った瞬間、二人組の高校生は一瞬だけ目を丸くした。
……が、その驚きは三秒ともたなかった。
ツーブロックの男子が、思い切り不機嫌そうに睨んでくる。
「あ? 誰だよ、オバサン?」
「お……オバ?」
今、何て言った?
隣にいた茶髪の女子も、すぐさま便乗する。
「ねえ、誰この人? タカシの知り合い?」
「知らねえよ。こんなババア!」
――ああ。
言ってはいけない言葉を、二連続でコンボしてきたわね。
心の中で深呼吸。
落ち着け、私。
社会人歴二十年以上。
ここでキレたら負け。
「コラ! 俺らに関わるんじゃねえ!
オバサンは関係ねーだろ!」
かなりの剣幕で怒鳴られ、正直ちょっとだけビビった。
でも、ここは大人の対応だ。
「はぁ……わかってくれないかなあ。
もっと簡単に言おうか。小学生でも分かるように」
――あ、今のは余計だった。
「誰が小学生だよ!!」
タカシ君、完全にスイッチオン。
目を血走らせて、こちらに詰め寄ってくる。
まずい。
このタイプ、理屈が通じない。
とはいえ、私はベテラン社会人。
部下を何人もまとめてきた身だ。
自然と「上から目線」が出てしまう。
……それが、火に油だったらしい。
「ちょっと、周り見て?
他のお客さん、完全に引いてるよ?
これ、かなりまずい状況だと思うけど?」
「邪魔しといて、落ち着けって何なんだよ、コラ!」
はい、予想通りの展開。
私は次の一手を考えた。
――もし手を出してきたら、暴行罪。
駅員もすぐ来る。
こちらは被害者。
高校生なら、説教されて終了。
完璧なシナリオ。
「あれ? 殴るつもり?」
わざと冷静に言った、その瞬間。
「もうやめて!!」
突然、責められていた女子高生が振り向き、
私とタカシ君の間に飛び込んできた。
「え――」
完全に想定外。
その反動で、私は後ろによろけた。
ヒールが傾く。
バランス、崩壊。
あ、これ、やばい。
背後には――
何もない。
ホームと、線路だけ。
その瞬間、構内放送が容赦なく追い打ちをかけてきた。
『三番ホームに急行列車が通過いたします。
危ないので、黄色い線の内側まで――』
通過電車!?
四十五歳、運動不足、ハイヒール。
立て直せるわけがない。
背後から、電車の気配。
音。
風圧。
次の瞬間、背中に衝撃。
「!!」
鈍く、重い痛み。
身体が、宙に浮いた。
「痛――」
そんな一言で済むはずもない激痛の中、
私は空を飛んでいた。
目の前に、さっきの女子高生。
スローモーションみたいに近づいてくる。
ああ、人って本当に
死ぬ直前、頭の回転が早くなるんだ。
「……あぶない。避けて……」
声は出ない。
届くはずもない。
そして――
想像を絶する勢いで、私は彼女にぶつかった。
その瞬間、
私の意識は、ぷつりと途切れた。
世界が、真っ暗になる。
――こうして、
私の「普通の人生」は終わりを告げたのだった。




