第6話 赤い放課後
気が付くと、真は教室の真ん中に寝転がっていた。
裂け目内の激流に揉まれたせいか、微かな不快感が体に残る。彼はそれを押し殺しながら立ち上がった。
見慣れた机と黒板。窓の外には鉄柱と、あの望遠鏡の入ったドームが見える。そして、空に浮かぶ真っ赤な空と巨大な白い月。
知っているはずの教室なのに、この異様な光景は真の恐怖心を煽った。
「なんだよ、ここ……」
人気のない教室を見渡し、廊下に出る。床に映る赤い月光を除けば、特段おかしな点はなかった。
少し不安を抱えながらも、彼は何か手がかりを探すため探索を始めた。
今いるのは北館四階の一年生の教室。そこから段々下に降りながら真は巡った。
倒壊した壁や崩れた階段、吹き抜けた廊下。所々に黒いヘドロや赤黒い血のようなシミがこびりついて残っている。自分の知らないうちに何かが起きたのかと、真は内心不安でいっぱいになった。
加えて、場所によっては鼻を突き刺すような異臭が漂っている。なんとか我慢をしつつ、早く抜け出したい一心で彼は足を早めた。
ガタン……。
なんとか瓦礫を乗り越え三階へ降りた直後、小さな物音がした。
場所はすぐそこの壁の向こうから。微かな水音と荒い息遣い、複数の何かの存在を感じとった。
真は足元の瓦礫から棒を拾う。息を殺しながら恐る恐る音の方へ近づいた。
数歩で部屋のドアの前に着く。高まる心臓の鼓動の中、彼は生唾を飲む。そして静かにドアの隙間から顔を出した。
散乱する机と椅子の中、人ではない何かがいた。
長く細い手足、肥大した頭、むき出しの赤黒い歯。まるで人と獣が融合したような容姿をした化け物たちがいた。
その数おおよそ三、四体。床に滴る黒いヘドロを奴らは無我夢中に貪っていた。
「ッ……!」
異様な光景に真は息を飲み、顔を背ける。
しかし、それが良くなかった。
再び真が顔を上げた瞬間、化け物たちと視線が合った。
一瞬にして時間が止まる。血の気が引く感覚と悪寒が真に走った。鋭い八つの眼を前に彼は何もできずにいた。
必死に脳では逃げようと足に指示を出す。しかし彼の足は鉛のように重く、思うように動いてくれなかった。
しばらく沈黙が続く。しかしそれも長くは続かなかった。
……カツン……。
真の足元に小さな金属音が響いた。
「グエェェアァァ‼」
それを合図に、甲高い雄叫びと共に化け物たちが飛びかかる。なんとか真は間一髪でかわし、悲鳴を上げながら廊下を全力で駆け抜けた。
倒壊した校舎の中、真と化け物たちの鬼ごっこが始まる。捻り出せる力を惜しまず真は全力で走っていた。その後ろを血眼で彼を化け物たちが追いかけていた。
もう半年以上通ったこの学校。その間にインプットされた校内マップを頼りに真は突き進む。しかし、限られた道の選択に加え、損傷による悪状況の中で真は逃げられるはずもなかった。
逃げていたはずなのに、気づく頃には彼は袋小路に追い詰められてしまっていた。
護身用に握っていた棒も失い、真は絶望の中に佇む。そんな彼を化け物たちがよだれを垂らしながら詰め寄っていた。
「く、来るな!」
声を裏返し、情けなく真は叫ぶ。そんな彼を見ながら化け物たちは邪悪な笑みを浮かべていた。
詰み、という言葉が真の脳裏によぎる。足の力も徐々に無くなり、壁に背中を預けながら彼はその場に座り込んだ。
その好機に化け物たちは駆け出し、真めがけて飛びかかる。
もう助からない。内心で真がそう思った、その時だった。
窓ガラスの外から、黒い物影と共に何かが突っ込んできた。
煌めくガラス片の中、その何かは先頭にいた化け物の一体の顔面に直撃する。悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされ、化け物は壁に顔を埋めた。
「よかった。間に合った」
女の子の声。
目を開けると、そこには一人の少女がいた。
長い黒髪、仕立ての良い黒い服とローブ。手には自分の背丈ほどもある黒銀の大鎌を握っている。
いつしか夢で見たあの子に似た雰囲気だった。
死神、という単語が似合うそんな少女が、真に背を向けて堂々と立っていた。




