第5話 銃口と女性
「不浄者め、そこまでだ!」
「動くな!手を頭の後ろに回せ‼」
彼女は飛び込んだ真を見送っていると、後ろから警備員達の怒号が響き、同時に武器を構える音が耳に入ってきた。彼女は面倒くさそうにため息をつき、指示に従って手を組んだ。
「これでいい?」
「喋るな!大人しくしろ!」
荒々しい声に、彼女はわずかに眉を下げた。
「いやぁ、ご苦労ご苦労」
隊列を組む警備員の後方から、重くゆっくり響く拍手と共に一人の男が姿を現した。声色は警備員たちとは対照的に、落ち着きと貫禄を帯びていた。
「お疲れ様です!フラウド隊長!」
一人の隊員が敬礼をする。フラウドと呼ばれた男は穏やかに微笑み返した。
「一人で敵陣に乗り込み、ここまで派手に暴れたのは大したものだ」
「どうも。そっちも豪華なお出迎えで」
彼女の余裕ある返答に、フラウドは笑いをこぼした。
「ハハハ、この状況でまだ強気とはね。楽しそうだし、僕とお茶でもどう?」
「悪いけど、遠慮しておくわ」
彼女がゆっくり振り返ると、警備員たちが一斉に構え直した。しかしフラウドは片手を上げて制した。
白銀の髪、糸のように細い目。装飾の施された制服とロングコート。三十代前半ほどの男だと彼女は見当をつけた。
「へぇ、お姉さん、随分とお綺麗ですね。思わず見惚れてしまったよ」
「それはどうも」
彼女はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「それに免じて今回は見逃してくれたりしない?ちょっと急いでるのよね」
「フフッ、面白い冗談だ」
フラウドはゆっくりと腰の後ろに手をのばし、そこから一本の銃を引き抜いた。
綺麗な木目に、模様が彫られた鉄プレート。まるで、中世の遺物のような銃だ。
「本当は女性相手に乱暴はしたくないのだけれど」
そう言って、彼は片手で銃口をまっすぐこちらへ向けた。先ほどまでの柔らかい雰囲気は消え、鋭い光だけが瞳に残っている。
「派手に暴れた責任、取ってもらうよ。投降してくれるなら痛い目には遭わせないけど、どうする?」
しばらく重い沈黙に包まれる。女性は少し考え、口を開いた。
「断ったら?」
カチッと引き金の音と同時に、彼女の横の花瓶と壁が爆音と共に吹き飛んだ。
粉々になった破片は跡形もなく、銃口からは白い煙が揺らぐ。
「今のは警告だ。次は外さない」
低く刺すような声が、さらに空気を冷やした。
「怖い事するじゃない。もっと優しくよ」
「悪いが、不浄者に優しい手段は持っていないのでね」
「だから違うって言ってるのに……」
彼女が肩を落として嘆くが、返ってくるのは沈黙だけだった。
「さぁ、選べ。投降するか……それとも?」
照準越しに彼女を捉えたままフラウドが問いかける。今度は彼女が不敵に笑った。
「嫌だね」
「……そうか、残念だ」
フラウドは引き金に掛かっていた指に力を込めた。
『爆技・菊花火』
火花が散り、弾丸は光の線と化して女性の方へ走る。避ける隙などない。直撃した瞬間、鮮やかに煌めく光と共に爆発が廊下を揺らした。轟音が消えるまで、場は完全な静寂に包まれた。
「全員、休め」
立ち込める砂煙を見つめたままフラウドが言う。隊員たちは緊張を解いた。
「隊長、敵の様子は確認しますか?」
「あぁ。頼むよ」
敬礼する部下に軽い笑みを返しつつ、フラウドは深呼吸した。
「いやぁ、やりすぎたか。上に怒られそうだ」
ぼそりと漏らした独り言。
それに返事が返ってきた。
「本気?これが?」
フラウドを始め、その場にいた全員が動きを止める。目を見開き、声のした煙の中を見た。
「は……?」
砂煙の向こうから、瓦礫を背に女性が現れた。
傷一つない。服が少し汚れた程度。
そして指先で弾丸をつまんでいた。
「威力も狙いも悪くない。でも、正直全然弱いね」
彼女は摘んだ弾丸をいとも簡単に指で押し潰す。金属片がカランと床に落ちた。
「嘘だろ……。俺の最高火力だぞ……?」
「あら、そうなの。これで倒せるって、随分甘く見られたものね」
彼女は、人差し指を立てる。その指先に青白い光が集まり、ピンポン球ほどの球体が生まれた。
「やるからには、もっと派手にやらないとね」
その顔には、悪そうな笑みが浮かんでいた。
「総員!防御体制を取れ!」
フラウドは咄嗟に指示を叫び、隊員たちが一斉に踏ん張った。
先ほどまでの強気な姿勢と表情とは打って変わって、焦りと恐怖の表情を浮かべる彼ら。それを見て、彼女は口角を上げた。
「なーんてね」
次の瞬間、強烈な閃光が弾け、全員の視界を奪った。
「なッ……!閃光弾だと!」
フラウドも咄嗟に目を閉じる。目の奥に刺さった光が彼に不快感を与えた。
「それじゃ、またね〜」
光の向こうから、女性の軽い声が最後に響く。
情けなくも、フラウドを始め、彼らは追いかけるどころか、様子を確認することすらもできなかった。
数分後、光が収まり各々隊員たちが目を開く。そこには、廊下には瓦礫と破壊の跡だけが残っていた。標的の姿はもちろん、大きく開いた筈の裂け目はきれいさっぱり姿を消していた。
「クソッ!」
フラウドは怒りを小石にぶつけて蹴り飛ばした。
無限に続く廊下に、彼の悔しさだけが空しくこだました。




