第14話 クエスウェルト
出発してからおよそ十分と少し。
立体駐車場を出て、住宅街の路地を紆余曲折しながら一同は進んでいく。ハルトのルート選びのおかげで、不浄者と遭遇することはなかった。
先頭では、クロノと、彼にダル絡みされているハルト。最後尾では周囲警戒中のイオリ。
その間に挟まれて、真とレイはグレイスと一緒に歩いていた。
「レイちゃん、もう少し歩くペースを落としてもらおうか?」
ぎこちなく歩いているレイを見て、グレイスは心配そうに声をかける。処置は受けたものの、彼女の足には刻まれたダメージがまだ深く残っていた。
「大丈夫です。これくらいなんてことないですよ」
平気そうにレイは答える。だが、その顔はどこか険しいように見えた。
「あのカートが残ってたら乗せて運べたけど、さすがに壊れてるよな」
真は逃走用に使ったあのキャリーカートを思い出す。
あいにく、見渡す限りに似たようなものは辺りには無かった。
「レイちゃん、キャリーカートで運ばれてたの?なんか簡単に想像できる〜」
「ちょっとグレイスさん、勝手に想像しないでくださいよ!」
グレイスはからかうように、わざと語尾を伸ばして笑っていた。
一方のレイは、顔を赤くしながら声だけを大きくして否定する。その勢いは強気そのものだが、どこか照れを隠そうとしているのがありありと分かった。
「え、レイ、ベビーカーで運ばれてたんすか⁈」
後ろからイオリの一言。レイの表情が照れから怒りに変わった。
勢いよく振り向いた彼女のこめかみにはわかりやすく青筋が浮かんでいた。
「だからそもそも違うってばッ……!」
声を張り上げて、レイは振り向く。しかし、勢い余ったその反動で身体のバランスが崩れた。
怪我をした足が遅れてついてくる。
踏ん張る間もなく、レイの身体が大きく傾いた。
「……っと!」
その瞬間、横から伸びた腕が、彼女の体を支える。
間一髪で受け止めたのは、真だった。
「……!」
迫る真の顔に、レイの心臓は強く跳ねた。
「危ないですよ、レイさん」
「え、あ、ありがと」
彼の腕を借りて立ち直しながら、ぎこちなくレイはお礼を言う。その顔はどこか赤く火照っている、気がした。
「プププ、転けそうになってやんの〜」
懲りもせずイオリはまたレイを揶揄う。
またもや逆鱗を触れられたレイは、我慢できず声を張り上げた。
「イオリ!!アンタね!!」
レイはイオリの肩を掴んで勢いのままに強く揺さぶる。
しかし、イオリの方はというと、反省の素振りすらなく、揺れながら変顔をしていた。
「まぁまぁレイちゃん、落ち着いて」
様子を見ていたグレイスが宥めようと声をかける。だが、それはレイの耳には届かなかった。
「大丈夫か〜?」
前からクロノが様子を伺う。
「いつものやつなので大丈夫です〜」
「ならいいけどー。あんま騒ぐなよ〜」
返答するグレイス。それに納得したクロノは、呼びかけだけ残して再び前を向き直した。
「いつもこんな感じなんですか……?」
呆れた様子で漏らした真の言葉に、グレイスが答える。
「えぇ、まぁ」
「なんか、大変ですね」
「ふふ、そうね」
くすりと小さく笑い、グレイスは続けた。
「とはいえ、おかげで毎日が楽しいよ。全然退屈しないし」
「……なんとなくわかる気がします」
真はそう言って、二人に視線を戻す。
これがこの部隊の日常。
溜まった緊張を吐き出すように、真は一呼吸した。
大きな小学校が見える。
その隣の小さな路地の奥に、目的地はあった。
方宮寺。
床に転がった木板に書かれてあった。
「ここがクエスウェルト……ってわけじゃないですよね」
休息の世界、と言う割には小さな場所のように思えた。
「違う違う。ここはただの出入り口だよ」
真の疑問にハルトは答える。
「入り口、ですか」
彼の言葉を反芻した。
その入り口とやらは小さな林のそばには本堂、ではない。
その隣に建つ住職さんの住む一軒家の方へ一同は向かった。
「ここ、か」
玄関前でハルトはデバイスに視線を落とす。
デバイスの画面上では三角形の現在地マークの目の前には、目的地を示す赤い点滅があった。
デバイスを鍵穴にかざす。すると、爽やかな音と共に扉の向こうが白く光った。
「準備できたから、行くぞー」
「「「「はーい」」」」
ハルトの声掛けに、真以外の一同は元気よく返事する。気の抜け切ったその様子に、ため息をこぼしつつハルトは扉を開けた。
この世界にはそぐわない、白い大きな壁のようなものが玄関先で彼らを出迎えた。
発する眩い光に思わず真は目を細める。
初心な反応をするそんな彼を見て、レイは静かに微笑んだ。
「先に行ってるからね。順々に来てな」
そう言い残して、ハルトは壁の中へ消えていく。ついて行くようにクロノも吸い込まれていった。
「え、次は僕ですか……?」
誰も進まない状況を見て、不安そうに真は呟いた。
「行って行って。後ろから見守ってるからさ」
そう言ってレイは優しく真の背中を押す。
彼女に促されるまま、真は光の壁の前まで迫った。
恐る恐る指で触れてみる。
感触も温度も感じられない、なんとも不思議なものだった。
水に入る前のように真は深く息を吸い、目を閉じる。
大丈夫だと頭の中で自分に言い聞かせながら、勢いよく壁の中へ突き進んだ。
温かな風が真を出迎えた。
確かに違う空気の感触。ゆっくりと真は目を開ける。
そんな彼の目に飛び込んだのは、広大な街並みだった。
石造りや木造の建物が連なり、中世ヨーロッパを思わせる素朴な景観が、街全体を形作っている。整えられた道の先には、ゆるやかに広がる森や山々の稜線が見え、さらに遠くには静かな海の気配さえ感じられた。
空気は澄み、耳を刺すような騒音はどこにもない。
現実世界で感じていた喧騒や張り詰めた緊張感とは正反対の、穏やかで、どこか時間の流れさえ緩やかに思える空間だった
「すげぇ……」
視界いっぱいに広がる光景に、真はしばらく言葉を失っていた。
足元に感じる確かな地面と、遠くまで抜けるような青空。そのすべてが、さきほどまでいた世界とはまるで別物だった。
街を見渡していると突然、真は肩に衝撃を感じる。振り向くとレイが見えた。
「どう?めっちゃいい景色でしょ」
「はい。思ってたよりきれいで賑やかでびっくりしてます」
「でしょでしょ」
そういう彼の顔はどこか誇らしげだった。
「さっきまでいろいろと大変だったけど、もうここに来たからには羽をしっかり伸ばして休んでね」
「わかりました」
そう答える真を見て、レイは満足そうに笑いながら続けた。
「ようこそ、クエスウェルトへ!」




