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アナザーウェルト  作者: 赤井直仁
幻想夢想 終わりと始まり
11/14

第11話 お茶会

 ふわふわと真の意識は暗闇の中で浮かんでいた。

 とても心地よく、ずっとそのままいたいと思ってしまうほどだった。

 すると、どこからか鳥のさえずりが聞こえてきた。心地よいはずの眠りを、無遠慮に引き裂く音だった。

「……んだよ、もう」

 少し不機嫌に呟いて真は目を開ける。

 すると、生い茂る花木と、透き通るほどの綺麗な蒼天が目に飛び込んできた。

「……!」

 目の前の違和感。真は勢いよく飛び起きた。

「どこだよ、ここ」

 見渡せば、そこは庭園だった。

 整えられた石畳の小道に沿って、色とりどりの花木が並んでいる。赤、紫、黄色、見たこともない色合いの花々が、柔らかな風に揺れていた。

 甘い香りが鼻腔をくすぐり、胸の奥まで静かに満たしていく。

「……夢、じゃないよな」

 思わず、そう呟いていた。

 先ほどまでいた、赤く染まった空。崩れた建物。血と瓦礫の匂い。

 それらとはあまりにも正反対の光景に、真は現実感を失っていた。

 空はどこまでも澄み渡り、雲ひとつない。

 鳥のさえずりが心地よく響き、風は穏やかで、肌を撫でるように優しい。

(……あの世界とは、違うのか?)

 自分の身体を見下ろす。

 傷はない。痛みもない。

 あれほど激しい戦いの直後とは思えないほど、身体は軽かった。

 不安を振り払うように、真はゆっくりと歩き出す。石畳を踏むたび、乾いた音が静かな庭園に溶けていった。

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」

 不意に、背後から声がした。

「……っ!」

 心臓が跳ね、真は勢いよく振り向く。

 そこにあったのは、花々に囲まれた小さなドーム。蔦と花で飾られたその中で、白いテーブルと椅子が置かれている。

 そして、その椅子に腰掛け、優雅に紅茶を口に運ぶ一人の女性。

 紫がかった、ふんわりとした髪。

 柔らかな微笑み。

 どこか現実離れした佇まい。

「……あ」

 記憶が、はっきりと繋がる。クエスウェルトで、自分を連れ出した女性。

 間違いない。

 真が気づいたのを察したのか、彼女はカップを置き、にこりと微笑んだ。

「目が覚めたようね」

 その声は穏やかで、しかしどこか底が知れない。彼女は椅子の向かいを指し、軽く手招きした。

「立ち話もなんでしょう? こっちへおいでよ」

 拒む理由は、なぜか思い浮かばなかった。

 真は少しだけ警戒を残しながらも、彼女の元へと歩み寄った。


「ささ、お掛けになって」

 女性に案内されるままに真は席についた。

「お茶とお菓子は好きにしてくれて構わないよ」

 促されるままにカップに口をつける。

 ほのかに香る匂いと、温かい紅茶に思わず緊張の糸が少し解けた。

 そんな彼の様子を女性は微笑みながら見守る。そしてゆっくりと口を開いた。

「まずは、お疲れ様。頑張ったね」

「え、あ、はい。どういたしまして」

 突然の労いに真はキョトンとする。そんな彼の様子に女性は少し吹き出した。

「フフフ、そんな硬くならないで、楽にして」

「き、緊張しますよ。こんな場ですが、一応見ず知らずの人と二人きりなんですから」

「まぁ、それもそうね。まずは自己紹介からでもしましょうか」

 そういうと、女性は咳払いを挟んだ。

「私の名はデミア・ライズ。気軽にミアさんって呼んでね」

「わかりました。ミアさん」

「よろしい」

 ミアと呼ばれた女性は嬉しそうに笑顔を見せる。

「それで、君の名前を聞いても良いかな」

 「……あ、えっと。俺は真です。神谷、真」

 少し迷ってから、真はそう名乗った。

 名字を言うべきか一瞬考えたが、ここがどこかも分からない以上、正解は分からない。

「真くん、ね」

 ミアは楽しそうにその名を繰り返す。

「うん、覚えやすくていい名前」

「そ、そうですか……?」

 どう返せばいいのか分からず、真は曖昧に笑う。紅茶を一口飲み、間を誤魔化した。

「ふふ。そんなに構えなくていいって言ったじゃん」

 ミアは肘をつき、頬杖をついた。

「お互い名前も知ったことだし、もう他人じゃないでしょ」

「いやまぁ、そうですけど……」

 何か続けたそうに真は語尾を濁らせる。

 言いたいことをまとめていると、ミアが先に話し始めた。

「それにしても」 

 彼女は手に持っていたカップを静かに置く。

「初めての割に、思い切りがいいのね」

「え……」

「飛び降りたでしょ。あの高さから」

 さらりと告げられて、真は言葉を失う。

「……見てたんですか?」

「まぁね」

 ミアはマカロンを一つ、口に放り込んだ。

「色々と隙だらけでヒヤヒヤして見てられなかったけど、最後の一撃は良かったよ」

 ガントレットを身につけていた時の感触が真の腕に蘇る。

「い、いや……」

 真は思わず視線を逸らした。

「正直、何が起きてたのかも分からなくて、ただただ必死だっただけです」

「ふ〜ん」

 ミアは否定も肯定もせず、相槌を打つ。

「パンチも適当でしたし、当たったのも偶然で……」

 言葉にしてみると、改めて自分の無謀さが浮き彫りになる。

「だから、その、褒められるようなことじゃないですよ」

「謙遜、ね」

 ミアはくすっと笑った。

「でもさ、必死だっただけで、あそこまで出来る人はそう多くないよ」

「……そう、なんですかね」

「そう」

 今度は、はっきりと。

「怖くて動けなくなるのが普通よ」

 ミアはカップを持ち上げ、紅茶を一口含む。

「逃げるのも、震えるのも、悪いことじゃない。でも君はね」

 視線が、真をまっすぐ捉えた。

「逃げずに守ることを選んだ」

「……」

 静かに真はミアを見つめる。

「目の前の誰かのために立ち上がった」

 柔らかな声だったが、その言葉は妙に重かった。

「それはね、才能とかセンス以前の話さ。十分君は立派だと思うよ」

 真は何も言えず、ただ喉を鳴らした。

「まぁ」

 空気を和らげるように、ミアは軽く手を叩いた。

「難しい話は後にしよっか。今はまだ頭が追いつかないだろうし」

 助かったと思い、息を吐いたのも束の間。

「……とはいえ」

 ミアは、ふっと表情を引き締める。笑みは残っているのに、どこか空気が変わった。

「そろそろ、本題に入らないとね」

 真の背筋が、無意識に伸びた。


「とりあえず、単刀直入にでも話そうかな」

 庭園を渡る風が花を揺らす。真はカップを置き、覚悟を決めたようにミアを見た。

「最初は私の目的から伝えるべきだね」

 ミアはそう言って、カップを指先でゆっくり回す。

 紅茶の水面が、小さく揺れた。

「君をここに連れてきたのは、偶然じゃない」

 一度、ミアは言葉を切った。

 視線を庭園の奥へと向ける。その横顔は、先ほどまでの軽やかさを少し失っていた。

「クエスウェルトには私の()()()()()()()()があったのよ」

「あった……?」

「そう。ちょっと色々あってね。その時に誰の手にも触れられないよう、深く、確実に封じた。そう思ってたんだけど」

 淡々とした口調だったが、その一言一言には重みがあった。

「けど最近、それが持ち出され使われた()()を感じたんだよね」

「え……」

「本来、あり得ないはずなんだけどね。それも一回だけではないんだよ」

 ミアは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。

「当たり前だけど調べる必要が生じるわけ。けど……」

 ミアの声色が少し変わる。

「まぁさっき言ったように、色々あったせいで、今私はクエスウェルトに入れないのよね」

 乾いた笑いがミアの口から漏れる。その表情もどこか気まずそうだった。

「で、最近使われた痕跡を辿って来た先で、私は君を見つけた」

 陽気にミアは真を指差す。

「正確には、絶命した直後の君を、ね」

 胸の奥が、ひやりと冷える。

「君の魂に干渉できる、ぎりぎりの状態だった」

「……」

「だから、ああいう風に強引に連れ出した。私の残っていた力を、ほとんど使ってね」

 ミアは、そこで一度、深く息を吐いた。


「んま、これが君をここに連れてきた理由かな」

「……なるほど」

 理解はできる。だが、納得とはまだ違う。

 真の沈黙を察したのか、ミアは続けた。

「そして、ここからが本題」

「……?」

「私にしばらくの間、君の身体を貸してほしいのだけれど、いいかな?」

「……は?」

 思わず声が漏れた。

「誤解しないで。乗っ取るとか、操るとかじゃないから安心して」

「と言いますと……?」

「精神的な共生、って言うのかな。今こうして話しているこの庭園も、君の精神世界を借りて私が作ったものだよ」

 言葉が、すぐには飲み込めない。

「私の力が戻るまでの間だけでいいからさ。それと言ってはなんだけど、代わりに」

 ミアは、はっきりと言った。

「君を、生き返らせる」

「……!」

 その言葉に真は強く反応を示した。

「そんなことできるんですか?」

 疑問を真はすぐ問いかける。

「普通なら無理だけど、生憎私はその普通ではないからさ」

 得意げにミアは笑みを浮かべながら続けた。

「あの時に君が案内人と一緒にロビーから離れて私と出会わなかったらできなかったことだけどね。とはいえ、こうして出会えてるわけだから無問題よ」

「……な、なるほど」

 内容の難しさを無理矢理落とし込みながら、ぎこちなく真は返事をした。


(君を本当に死なせるわけにはいかないの)


 ロビーで彼女に言われた台詞が真の脳裏に蘇る。あの時の彼女のこの台詞の真相がほんの少しだけわかった気がした。

「それに、私の力を君に託す……って言っても、もう託しちゃった後だけど」

「力って、僕の腕に宿ったあれですか?」

「そう、あれね。今後の調査では色々と役立つはずだよ」

 真は腕に視線を落とす。微かに腕の奥から力の鼓動が感じられたような気がした。

「そして、全部が終わったら」

 紅茶に口をつけてミアは喉を潤す。

「君の願いを一つ、叶えようかなと思っているよ」

 彼女からの大きな見返りが提示される。それはあまりにも都合が良すぎるような気がした。

 なのに、否定する言葉が、どうしても浮かばない。真は、しばらく黙り込んでしまった。

「……なんで、そこまで」

 絵本やフィクションの世界でしか聞かないようなもの。それが今目の前に提示されたことに真は少し放心状態に陥ってしまった。

「……これは、この世界を左右する話。そして今が最悪に転がるかもしれない可能性を止められる、二度とないチャンスなの」

 ミアは、真っ直ぐに頭を下げた。

「勝手に連れ出して、事後報告になってしまったことは謝る。それでも……どうか、力を貸してほしい」

 静寂。

 鳥のさえずりと木の葉がさざめく音だけだ庭園に響いた。

 重たい空気の中で、真は苦笑した。

「……いや、ズルいですよ」

「え?」

「こんな話聞かされて、全部投げ出して無理です、なんて言えないですよ」

 ミアは目を瞬かせる。

「……そう言われると、そうかもね」

 真は肩をすくめる。

「これは俺しかできないことなんですよね?」

 覚悟を決めたように、彼女を見た。

「それなら、やるに決まってるじゃないですか」

 その言葉を聞いて、ミアは静かに微笑んだ。


 また沈黙が続く。

 それを和ますように、鳥たちがさえずんでいるのが聞こえた。

「ミアさんって何者なんですか……?」

 そんな中、真は一番に抱いていた疑問を投げかけた。

「うーん、何者かってきかれてもなぁ」

 ミアは難しい表情を浮かる。

「今の私は名乗れるほどの何かではないんだよね〜」

 苦笑い混じりで返答をした。それに真が納得しないと理解して、彼女は続けた。

「まぁとりあえず、私のことは背後霊みたいな類いって思ってくれればいいよ。実際問題しばらく君とは一緒にいるわけだし、ね」

 少し重くなる空気を和ませようとミアは明るく振る舞う。冗談めかした言い方だったが、その目は笑っていなかった。

「……わかりました」

 少しの沈黙を挟んで真は返答した。

 笑顔の裏では何かを隠しているような、そんな気がした。

 これ以上踏み込むのは野暮だと、真は立ち止まることにした。


 ふと、庭園の空気が変わる。

 さっきまで頬を撫でていた風が、急に遠くへ引いていった。

「……?」

 真は身体を動かそうとするが、上手く力が入らない。座っている身体を支える力が抜けていくような感覚がした。

(なんだ……?)

 胸の奥が、妙に静かだった。

 不安も恐怖もあるはずなのに、それらがどこか他人事のように離れていく。

 真はまだ、聞きたいことがあった。しかし、それらをまだ頭の中で整理できていない。

「……待っ」

 声にしようとした言葉は、喉の奥でほどける。唇は動いているはずなのに、音にならなかった。

 視界が、ゆっくりと滲んでいく。花の色が溶け、石畳の輪郭がぼやけていった。

 その中で、ミアの姿だけが、やけにくっきりと残っている。

「……もうそろそろ、時間みたいだね」

 彼女の声は遠く、それでいて、はっきりと耳に届いた。

「次に会う時は、もう少し落ち着いた状態で話そっか」

 真は、必死に頷こうとする。けれど、首を動かした感覚すら、曖昧だった。

「それじゃ、またね」

 ミアの声が、最後にそう告げる。

 返事をする前に、真の瞼が閉じた。


 落ちていく感覚すらもうなかった。

 ただ、深いところへ、静かに沈んでいった。

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