6 世界樹の監視者
とりあえずカイは二人を家へ招き入れ、コーヒーを淹れ直した。眠気が限界に達し、頭痛までしてきていた。
「はい」
カップ二つと例の種を載せた盆をテーブルに置く。
ゼフィルは礼も言わず、脚を組んで静かにカップに口をつけた。長い銀髪が揺れ、絵画めいた姿だ。
「こ……これだ!」
女が種を高々と掲げる。神聖な遺物を扱うかのように、恭しく。
「やはり! 己を大切にする者の側へ行くとは聞いていたが、本当に飛んでしまうとは!
感謝する、偉大なる植物学者殿! お前は英雄だ!」
「……はぁ」
カイはため息をつく間もなく手を掴まれ、無理やりブンブンと振られた。
女はやがて種を膝の上に置き、そっと撫でる。
「これはな、世界樹の種だ」
「世界樹?」
ずっと我関せずでコーヒーを飲んでいたゼフィルが、やっと口を開いた。
「そうだ。世界の中心に立つ大樹――世界樹。……あれ、私は名乗ったか?」
カイが小さく首を振る。
「そうだったな。私はドライアド。世界樹の監視をしている」
「ド、ドライアド!?」
「嘘を言うな」
植物学者のカイにとっては崇拝対象に近い名。
遺跡研究者のゼフィルにとっても古文書で馴染み深い精霊のひとつ。
だからこそ、二人は同時に目を疑った。
「ドライアドって……もっとこう、華奢で若い女性の姿をしているはずでは……」
カイの声は震えていた。
ドライアドは種をテーブルに置くと、すっと立ち上がり、両腕を大きく広げてみせる。
「よく見ろ。私は華奢で若い女性だ」
「……そんな鍛え上げられた武人のような体型は華奢とは言わん」
ゼフィルは両手で顔を覆ったカイの背をさすりながら呟いた。
「そうか? まぁ、若い頃は華奢だったかもしれん。その時代の話なのだろう」
あっけらかんと言って、再びソファに腰を落ち着ける。
「ともあれ、種が見つかって良かった。――で、もう一つ頼みがある」
カイは恐る恐る顔を上げた。
「この種を、殺してくれないか」
「……え?」
窓から差し込む朝焼けの赤が、ドライアドの瞳に映り込んでいた。