4 斧を振るう女
カイの入れた「落ち着くお茶」が効いたのか、ゼフィルはようやく気分を持ち直していた。
明日また遺跡に入るべきかどうか考える。荷物のこと、論文のことをぼんやり思い巡らせていると、視界を蛍のような光が横切った。
スイッ、スイッ――涼やかな光が宙を泳ぐ。
街外れ、建物が途切れたあたりで光はふっと消えた。
瞬間、頭を締め上げるような痛み。視界が歪む。
『おいで。おいで。おいで。おいで。おいで……』
壊れた人形のように繰り返す声。
「ぐっ……!」
膝をつき、そのまま倒れ込む――。
◇◇◇
「おりゃあぁぁああ!」
轟く咆哮。長い焦茶の髪を振り乱し、斧を振り回す女が飛び込んできた。
鍛え抜かれた白い腕が閃き、緑の鎧のような衣から覗く脚は艶やかさよりも猛々しさを湛えている。
一撃、二撃、三撃。斧が空を裂くたび、ゼフィルの身体は不思議と軽くなっていった。
「はぁ……ふぅ……」
斧を収め、深く息を吐いた女は背を向けたまま立ち尽くす。どうやら彼女に救われたらしい。
ゼフィルはよろよろと立ち上がり、声を掛ける。
「どうやら命を拾った。礼を言おう。あなたは何者だ」
女が振り向く。神々しいほど整った顔立ち。背丈もゼフィルと同じくらい。
「おや?」
女は覗き込むように身を屈めた。
「……なんだ、龍の子ではないか。――もしかして、神気すら出せんのか?」
「しんき? 聞いたこともない」
「はぁぁ~~~……!」
女は大仰にため息をついた。
「龍神の血を引きながら神気も扱えんとは。全く、情けない奴だ」
「なっ……!」
ゼフィルが反論するより早く、女は斧の柄を肩に担ぎ直し、口の端をわずかに歪めて言い捨てる。
「……じゃあな」
その一言とともに、空気に溶けるように姿を消した。
「な、な、なんだあの女はぁぁ!!」
銀の髪をかきむしりながら、ゼフィルは憤慨の足取りで夜道を戻っていった。