3 羽を持つ種
帰宅したゼフィルだったが、遠くから女の声がまだ響いているようで、身体は揺らぐような感覚に苛まれていた。
カイから渡された薬を追加で飲み、ベッドに横たわりながら本を開いてみても効果はない。
「……あいつの薬が効かないはずがない。なら、原因はキノコではないのか」
ため息を吐き、身支度を整えると、夜更けの街へと足を踏み出した。
◇◇◇
夜半、扉を叩く大きな音に、カイは飛び起きた。こんな時間にこんな真似をする人物は一人しかいない。
「……なんだよ、うるさいな」
乱暴に扉を開けると、案の定ゼフィルがランプを掲げて立っていた。
「やぁ」
済ました声を残し、勝手に室内へ入り込む。
ゼフィルはテーブルにランプを置き、居間のソファに腰を下ろした。巨大温室の裏手に建つカイの家は、所狭しと植物で溢れている。新しい鉢植えがまた増えたようで、部屋はさらに狭く感じられるが、不思議と落ち着いた空気があった。
カイは文句をぶつぶつ言いながら、燭台に火を灯して歩く。
「で、こんな時間に何の用?」
「お前の薬が効かない。キノコではないらしい」
カイはやっと向かいに腰を下ろした。
「……やっぱり。幻惑キノコにやられた場合はね、瞳がこう――」
瞳に見立てた拳を揺らして見せる。
「――ゆらゆらするんだ。君の場合、それがなかった。だから頭痛や眩暈に効く薬を渡したが……外したようだね」
「茶が飲みたい」
「……っ、このやろう」
眉を寄せつつも、結局カイは台所へ立った。
ゼフィルは背もたれに身を預け、深く息を吐く。幻聴は遠ざかり、酩酊感も幾分和らいできた。だが、それをただの症状として切り捨ててはいけない気がしてならない。
台所からカイの声が飛ぶ。
「ああ、そういえばな」
戻ってきた彼は盆を持ち、カップ二つと――大きな羽のついた奇妙なものを載せてきた。
「これ、種だと思う。君が帰ったあと、温室のそばで見つけた。……見覚えは?」
ゼフィルは手に取り、目を細める。掌には収まりきらず、たんぽぽの綿毛をはるかに大きくしたような羽毛。その根元に、硬い茶色の実が付いていた。
「……これは俺も初めて見る」
「だろうね。けれど、嫌な予感がするんだ」
ランプの赤い灯りに照らされて、白い羽がゆらりと揺れた。まるで何かを撫でるように。