11 芽吹き
朝の柔らかな光が巨大温室に満ちていた。
研究員たちはそれぞれに挨拶を交わし、共用実験室に向かう者、植物の世話をする者、荷物を抱えてフィールドへ出る者――今日も変わらぬ一日が始まる。
カイは温室を一巡して植物の様子を確認し、日課を終える。
部屋に戻って手作りのランチをとり、調査書や論文に目を通す。必要に応じて研究員を呼んで指示を出す。
いつも通り、研究所は穏やかに回っていた。
一通りの仕事を終えると、カイは大きく深呼吸をして自分の実験室に入った。
ウィーン……。
小さなモーター音を響かせていた装置のスイッチを切る。十日間動かし続けたが、ここで区切りをつけようと決めたのだ。
ゴム手袋をはめ、種を取り出す。
付いていた羽はすでに切り離し、別に保管してある。
真水で丁寧に洗い、布巾で拭き上げる。
手のひらの上で転がしながら観察する――。
「あれ……?」
一人きりの部屋に、声が寂しく響いた。
「傷がある……」
胸の奥にわずかな期待が広がる。
そっと手で仰いで匂いを嗅ぐ。まだ少し薬剤の刺激臭が残っている。たいていの植物を腐敗させる薬剤。
指先で押して、傷口を広げる。
そこに覗いたのは、澄んだ白い塊だった。
直感で理解した。
それは腐敗でも破損でもない。
――種が、自ら殻を割って芽を出そうとしているのだ。
「……嘘だろ」
震える声は、誰の耳にも届かないまま、実験室に吸い込まれていった。