表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

11 芽吹き

 朝の柔らかな光が巨大温室に満ちていた。

 研究員たちはそれぞれに挨拶を交わし、共用実験室に向かう者、植物の世話をする者、荷物を抱えてフィールドへ出る者――今日も変わらぬ一日が始まる。


 カイは温室を一巡して植物の様子を確認し、日課を終える。

 部屋に戻って手作りのランチをとり、調査書や論文に目を通す。必要に応じて研究員を呼んで指示を出す。

 いつも通り、研究所は穏やかに回っていた。


 一通りの仕事を終えると、カイは大きく深呼吸をして自分の実験室に入った。


 ウィーン……。

 小さなモーター音を響かせていた装置のスイッチを切る。十日間動かし続けたが、ここで区切りをつけようと決めたのだ。


 ゴム手袋をはめ、種を取り出す。

 付いていた羽はすでに切り離し、別に保管してある。

 真水で丁寧に洗い、布巾で拭き上げる。


 手のひらの上で転がしながら観察する――。


「あれ……?」


 一人きりの部屋に、声が寂しく響いた。


「傷がある……」


 胸の奥にわずかな期待が広がる。

 そっと手で仰いで匂いを嗅ぐ。まだ少し薬剤の刺激臭が残っている。たいていの植物を腐敗させる薬剤。

 指先で押して、傷口を広げる。


 そこに覗いたのは、澄んだ白い塊だった。


 直感で理解した。

 それは腐敗でも破損でもない。


 ――種が、自ら殻を割って芽を出そうとしているのだ。


「……嘘だろ」


 震える声は、誰の耳にも届かないまま、実験室に吸い込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ