10 呼ばれる者
「うわぁああー!!!」
朝、カイがカーテンを開けると――窓に張り付くようにドライアドが立っていた。悲鳴を上げたのは仕方がない。
◇◇◇
「俺たちを家に入れたくなかったんじゃないのか?」
「もう諦めたよ。今日は休暇にした」
居間のソファにだらしなく座るカイ。その正面では、姿勢正しく茶をすするドライアドが妙に上品に収まっていた。
呼ばれてやって来たゼフィルは、少し考えた末にカイの隣に腰を下ろす。
「私は偉大なる植物学者に呼ばれたから来た。夜に来るなと言われたから、窓の前で待っていたのだ」
涼しい顔で言うドライアドに、カイは眉をひそめ、ゼフィルは顎をさすった。
「カイ、連絡先を知っているのか?」
「知るわけない。勝手に来たんだ」
「お前は会いたいと願ったはずだろう」
「……」
ゼフィルが横目で見ると、カイは小さく肩をすくめた。
「確かに……話したいとは思っていた」
「ならば私は姿を現せる。そういう神秘的な存在なのだ」
「自分で神秘的って言うんだ……」
カイは目を閉じ、耳を触りながら言葉を探す。
「……まだ結論は出てないけど。ドライアドは異界からの侵入者と戦っていると言ったよね。もしかして、異界の住民は、この世界の住人を攫っているんじゃないか?」
「俺もそう考えた」
ゼフィルが引き継ぐ。
「声、酩酊感……呼ばれているのは、異界からだろう。以前、俺が倒れた時にお前が斧を振ったのは、侵入者を払っていたのではないか」
ドライアドは腕を組む。
「その通りだ。異界には魔素が満ちている。彼らはそれを吸って生きるが、本来は生き物にとっては毒だ。耐性を失った異界の個体を治すために、この世界の者の血が使われる。誰でも良いわけではなく、選ばれた者が呼ばれるらしい」
「呼ばれる時はどうなる……?」
ゼフィルの声が低くなる。
「声が聞こえ、酔ったような感覚になる。身を委ねれば、強烈な多幸感に包まれるそうだ」
部屋が静まり返る。
あまりにも、聞き覚えのある症状。
「……番とは、この現象のことを指していたんじゃないか?」
カイの声はかすれていた。
「あぁ、その名で呼ばれたこともある。呼ばれる直前の恍惚とした表情からだろう」
カイの指先が震える。
「世界樹が枯れていたから番信仰も廃れた。けど、種が残っていたせいで、また始まったんだ……。
ゼフィル、アゼルは見つからなかった。おそらく“番”として連れ去られたんだ」
「……俺も、番として呼ばれているのか」
カイの黒い瞳がゼフィルを見つめる。
だがゼフィルは視線を返さなかった。
膝の上で拳を固く握りしめる。
ドライアドは黙ってその様子を見ていた。