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1 幻惑の囁き

 手にしたランプの灯りが、赤茶けた壁に揺らめく影を刻み、そこに彫られた古い文字を浮かび上がらせていた。


「……ふん。シャッソーン時代のものか」


 低く呟いた声が、ほの暗い遺跡の奥で幾重にも反響する。

 長い銀の髪が淡い光を透かし、緑の瞳は鋭く文字を追っていた。時折、文字を覆う蔦を白い指先で払いのけながら、次へと目を移す。


 その時、不意に首を上げる。


「……今のは?」


『おいで。こっちへおいで。とても楽しいところだよ』


 子どものようでもあり、老女のようでもある、不思議な女声。

 こんな荒れ果てた遺跡の中に、人間のはずがあるまい。


 周囲に耳を澄ませた刹那、強烈な酩酊感が全身を襲った。


 カツン。


 一歩退いたブーツの音が、いやに鮮烈に響く。

 目を落とせば、壁の下に地上では見かけない奇妙な植物が生えていた。


「……幻惑キノコか?」


『おいで。あなたの居場所は、こちらだよ』


 思わず舌打ちし、ハンカチを口と鼻に押し当てる。

 そして、逃げるように出口へと駆け出した。


 逃げねばならぬ――。囚われてはいけない。

 本能がそう警鐘を鳴らしていた。


 奥へと進みすぎていたことを悔やみながら、壁に残した蛍光チョークの印を必死に追う。

 全速力で走りながらも、背後に迫る何かに絡め取られそうな、絶望的な恐怖が喉を締め上げる。


『おいで……おいで……』


 声は、どこまでも追いすがってきた。

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