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術を得る

 間もなく挿絵を手本に道忠が用意した扇子を広げれば、すずは神妙な表情を見せていた。頭の中で優しい風を念じろと言われたのだが早々に出来る訳もない。


 色々と考えていたようだが、風を想像できたのか、疑問がぬぐえない表情で扇子を扇げば、まるで扇子からの風でしかなかった。


 二度三度と試みるも結果は同じである。


「なんだで、まるで駄目だな……おら、飛礫だけの使えねえ術使いだで」


 そう言いつつ、見せた表情は嬉しそうであった。それ程に鬼と対面したくないのだろう。


「飛礫を投げる時に何か考えてはないか?」

「ぷくく、簡単だでそん時は当てる場所さ頭の中に決めるだよ」


 なるほど、飛礫であれば当てる場所を想像して投げれば自然とそこへ飛ぶようだ。しかし風となれば明確な到達点が見えない、故に想像するに難しいのかも知れない。


 小平太は懐より手拭いを取り出して、少し離れればそれを広げて見せた。


「この手拭いをなびかせてみるが良い」


 すずは納得した表情で手拭いを見れば扇子を一振りして見せたのである。


「だっ!」

「出来たな」

「と、とんでもねえ……出来ちまった」


 徐々に強くしていけば、風を思い通りの強さに吹かせる事が出来た。間もなくして突風のような強風を吹かせれば遠くの木より、鳥たちが慌て飛び去った。


「これは凄いな……」

「では次へと参りましょう」


 大禅が指さす挿絵には信じ難い身体能力を見せる人物が描かれていた。それは忍びさえも軽く上回る跳躍力である。


「怪我をせぬ様、跳ぶ高さと着地を明確に想像するが良い。先ずは少し高いと思う程度から始めるぞ」

「わかっただ」


 風を吹かせた事で要領を得たのだろう、少し高く跳べばそれは普通の子供が跳べる高さを軽く超えていた。


「修行していた頃を思い出すな……あれだけ跳ぶのにどれほど苦労したものか……」


 一尺ずつ高さを上げてゆくのだが、瞬く間に十尺の高さを余裕で越え、着地も完璧に熟していた。


「おいおい、まだまだ行けそうだな……どうなってんだこの術は……」

「取り敢えずはその位にしておき、次に参りましょう」


「凄いだな……これ便利だで、何でも跳び越えられるだよ」

「此処に書いてございますが、術の無駄遣いは禁じられております」

「だ……」


 術は必要とするときに適時使うには問題も無いが、無駄に使えばその対価を払う事となる様だ。


 天であれば月の影響を受けて血肉が疼き不眠となる、地であれば石の影響を受け躓く癖となる。風であれば全身の乾燥に困る様だ。水に関しては悪気さえ無ければ問題なしとあった。


「躓き癖とは……なるほどな、そういう事だったのか」


 大厄災の少し前まで、すずが転んでばかりであったのは自然の術の対価であったのだ。最近すっかり転ばなくなったのは栄養状態が改善された訳ではなく、飛礫を投げ遊ぶ時間が無かったからである。


「……そう言えば最近全然投げてねえ……だで転ばねえだか……」

「へぇぇ、これは驚いた……」


 驚きの事実に皆が納得すれば、いよいよ最後に会得するのは写し身の術となる。


 青空には白い月の姿があった。月光と言うから夜間に限る術かと思えば昼間の白月でも術は可能となるらしい。ならば月の光と言うよりも月そのものが重要なのかもしれない。


 大禅が指し示す挿絵を見れば、術者は何かを胸元に抱え持つ様に肘を曲げ掌を広げていた。


「で?」

「我に光をと念じるようです」

「念じる……」


 その瞬間であった。月が一段と輝けば、すずを目掛けて光の筋が伸びた後に静かに消えた、すると今度は美しい光りの欠片が掌へと舞い降りてきたのである。


「だ、だ、だ、……光が降って来た……」

「おぉぉ? なんだこれは……」

「……凄いな……」


 まさに幻想的な光景と言えよう、その正体が何なのか一切解らないのだが光の粒は確実に存在しているのである。


「な、なんだで……光さ……月の光さおらの姿と似て来ただで……」

「これは凄いな……光がおすずちゃんと同じ背格好になったぞ」

「なるほど、それで写し身……光が本人の写しとなるのか」


 すず本人を含めてそこに居た全員が目を見開き、目の前の現実に唖然としていた。すずの背格好を真似た光の集合体は、その表情さえもすずと似始めれば程なくして意思を持っているかのように動き始め、にっこりと笑って見せたのである。


「おすずそのままだぞ」

「これは驚いたな……」


 写し身はすずと同様に腕を組んで首を傾げていたが、やがて風の術を使い宙高く跳び喜んでいた。


「なんか楽しそうだで……」

「さっきまでのおすずちゃんと一緒だよ」


 姿形を真似る、まさに名の通りだが、真似るのはそれだけでは無い、記憶の中の行動さえ読み取り真似るのだと言う。


 この写し身が鬼を常世へと帰し、岩戸を閉めれば今回の騒動は終いとなる。


「で、写し身に鬼の所さ行くよう頼めば良いだか?」

「いかにも、ならば写し身が鬼を常世へと連れて行くので、後は地の術で大岩戸を閉じてください」

「案外簡単だで、想像したのと全然違うだでな」


 写し身は発生させてから半時の間は術力もそのままに存在すると言うから、鬼と距離をとる事も可能となる。ならばより安全な場所から鬼退治が出来るのだ。


「よかったじゃない、おすずちゃん」

「んだ、ちっと安心しただよ」


 写し身はすずと並び同じように何度も頷いて見せていた。

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