最終話 すず、天に舞う
目が覚めれば皆が集まり顔を覗き込んでいた。上半身を起こし、掛けていた小袖を膝に落とせば、その場に正座をした。
「お? 起きた……」
「ずっと誰かと話をしていたけど、夢かい? 間で徳さんの名前も出てきたし」
「おら今、徳蔵さんと会って来ただ」
一同は顔を見合わせれば、大広間はどよめいた。
「え? 徳さんと?」
「んだ、大事な話があるって……黒丸に天界さ連れてって貰っただで」
近くに居た黒丸は歩き来るとすずへ頬ずりをしていた。
「黒丸凄いだな……驚いただで……」
「黒丸さっきまでおすずちゃんの胸にのって神妙にしていたが……」
すずの膝に乗れば誇らしげに皆を眺め見ていた。
「黒丸が天界へ……、……で、徳さんが……なんて?」
すずは徳蔵が話してくれたすべてを皆に語った。
「そんな身体で、妖が潜む大池を渡りあの崖を……」
三助は深刻な表情を見せていた。状況を考えれば、それは例え小平太であっても厳しいとしか言いようも無いのである。
「しかし、可能性はなくはない」
「あぁ、小平太様なら案外」
守り人達は皆、血気立ち小平太の生存を強く信じた。
「もし生きていれば崖見に居るという事だよな」
「行くか!」
「まて、聞いただろうに」
瘴気に当たった人間の傍には邪が溢れている。近づこうものなら瞬く間に当たる事となるのだ。
「いつ瘴気が取れるかも何も解らないって事は、此処で待つ以外にないって事か」
「皆の気持ちさ判るだで……だどもおらは、此処で待つだよ……いつか必ず帰って来るって信じてれば寂しくねえもの」
「おすずちゃん……」
「徳蔵さんは神様にお願いして、おらと話が出来る所さわざわざ借りてくれて、教えに来てくれただよ。信じて生きるだでな……皆に心配掛けちまってすまねえだ。おら希望さ捨てねえで生きるだよ」
「おすずちゃん!」
すずの心労を思えば、徳蔵は敢えて希望を持たす為にそう伝えに来たのかも知れない。そして、すずが徳蔵の思いに気付いた事も守り人は知った。皆が思うより、すずの心は遥かに成長を遂げていたのだ。
「そうだな、いつか必ず帰ってくると俺たちも信じよう」
「んだ!」
「おぉし! 明日も頑張るぞ!」
「おぉ!」
その日以来、すずは本来の明るさを取り戻した。思い出話でさえも笑顔で語るようになれば、季節は間もなく本格的な冬へと変わろうとしていた。
「今日も冷えるだな、夕餉は猪の鍋にするだで」
「ありがてえ!」
「いつもの鍋とは一味違うだでな、皆びっくりするだで」
「何かあるのか?」
「ぷくく。後でのお楽しみだで」
京の料理を参考に猪肉に手を加える事を思いついたのであった。
それは猪肉を細かく叩いたものに刻んだ野菜などを混ぜ、程よい大きさに丸めるのである。
四つの大鍋にそれと冬野菜を並べ、適量となる味噌と水を入れ、煮込んで完成となる。
皆の驚く顔を想像しつつ笑顔になると、一段落付いたところで台所の戸を開けて大きな伸びをしていた。
間もなく夕暮れとなり西の空が赤く染まりだせば、その美しい景色に自然と足が運び、表へと出たところであった。
「だぁぁぁ! 今日はまた一段ときれいな夕日だ……で……な……? だっ! あぁぁぁあっ!」
そこで目にした光景にすずは驚き両目を見開くと、開いたままの口を両手で覆った。
徳蔵のやさしさにより生きる希望を失わずに済んだ。いつの日かきっと帰って来る。そう信じる事で、心から笑えるようにもなったし、日々を懸命に生きる事も出来た。だからこそ今日がある。
そして今、驚くべきことにその希望が現実となり、すずの目にしっかりと映っているのである。
決して夢などではない。そう確信すれば、ふらりと身体が前に押し出され、数歩行けば間もなく走り始めていた。距離は未だ大分あるが、ひと際大きく特殊な精霊をすずが見間違える訳もない。
紛れもなく小平太が帰って来たのである。
走りゆくその目には、早くも大粒の涙が止め処なく溢れ出しており、その表情は瞬く間にくしゃくしゃとなった。
「こっ! 小平太様ぁっ! ……小平太様ぁぁぁぁぁ‼」
すずの大声に守り人達も驚き外へと飛び出せば、目にした光景に全員が唖然となり、様子を見守った。
間もなく走り寄り思い切り抱き着けば、小平太も力強く抱き寄せたのである。
「小平太様ぁっ!」
「待たせたな」
「な……なんて事ねえものっ……ほ、ほんとうだ……ひっ……」
「そうか」
十年でも二十年でも、いや、その命が尽きる瞬間まで待とうと決めたすずからすれば、その言葉は本音であった。
「ひっっく……だども、そうやって考えられたのさ、徳蔵さんのおかげなんだ」
「徳さんの?」
「おら、小平太様死んじまったって思って、生きる希望さ失っただで……したら徳蔵さんに……ひっ……天界に……ひっ……呼ばれて……希望を失うなって……ひっ……希望さ貰っただよ……」
「そうか……おすず、強く成ったな」
「褒めただでか?」
「あぁ、勿論だ……で、あれはなんだ?」
「皆……小平太様帰って来たの……なんで知ってるだ……」
「大声の自覚はない様だ……」
二人の再会の抱擁を見守りつつ、守り人達も一斉に走りだせば、泣いてくしゃくしゃ顔のすずが皆へと笑顔を見せた。
「おぉぉぉぉおぉぉ! 小平太様ぁぁ!」
小平太は皆に手を振れば、直後に懐を探った。
「待たせた詫びに良いものを用意したのだがな……しかしなんて事ないなら要らぬか……喜ぶと思ったのだがな」
「だっ! くれるものは要るだでっ!」
「ふっ……相変わらずだな」
そこには淡い薄緑乳白色が美しい勾玉があった。それはあの大厄災で必要とされた勾玉同様の美しさである。
「だあぁぁぁ! こ、これって!」
「翡翠と言う石だそうだ、北海と繋がる糸魚川の下流にあるらしいぞ、鏡の勾玉と似ているだろ?」
「そっくりだよ……」
皮紐に通してあるそれを首に下げてやれば、嬉しそうに手に取り眺めていた。
「……とんでもねえ、きれいだ……だどもこれどうしたんだ?」
「山賊に襲われていた商人を助けた礼に貰ったんだ」
小平太は屈み、目線を合わせればすずの頭を優しく撫でた。
「さて、徳さんに礼を言うか」
すずは瞳を輝かせ頷いた。
「「徳蔵さん! ほんとにあんがとしたぁっ!」」
水沢訛りを真似た小平太の声と重なれば、すずは大喜びである。
「よぉぉし! では再会祝いだ!」
「だ?」
すずの両脇を抱えて腰を一旦落とせば、勢いよく立ち上がると同時にすずを天高く放ったのである。
「ほぉれっ!」
「だっ!」
赤焼けた夕暮れの景色の中で、すずの身体は驚く程に高くに上がった。
「だぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
天高く宙を舞う、その表情は一見の価値を有しよう、それは日の本一幸福な笑顔と言って過言ではあるまい。
鏡の守り人(二) 京の鬼 おわり
貴重なるお時間を割き、最後までお付き合い頂きましたる事、心より感謝申し上げます。




