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明日への希望

 気絶している小平太の魂に活を入れれば、何とか目を覚ましたようだ。起こすのが一呼吸遅ければ、落命していた可能性が高かったようだ。


「い……一体……何があったんだで……」

「妖の瘴気だ」


「それって……鬼切に纏わりついてた奴だで……」

「あぁ、そうだ。妖には瘴気が纏っておる。故にな妖を斬れば斬る程に、その瘴気が身体を蝕んでいった。小平太は大池に辿り着くまでに百を超える妖を斬った様だ」


「……そんなにいっぱい……、……」


 六郎の言葉を思い出せば、双世や常世には微弱ながら瘴気があると言っていた。その場に居ただけでも害を受けると言うに、小平太は妖を百以上も斬ったのだ。


 生身の身体に妖の気が大量に当たれば、身体への負担は計り知れないという。しかも小平太は二日半を休まずに全力で走り抜けたのだ、それはもう考えも及ばない程に超人的な事である。


「故にな、急ぎ小平太を背負い大岩戸まで行ったのだがな」

「……閉じちまったんだ……急に閉じちまってどうしたって開かなかったんだ」


「知っておる、常世側の岩戸に触れればすべてが解った。しかし却ってそれが、おすずに山人、三助の命を救う事となったのだ」

「……どういう事だで……?」


 瘴気に蝕まれた小平太の身体からは、計り知れない程の妖気と瘴気が漏れ出ていると言う。それにまるで耐性の無い人間が近づけば、瞬く間に命を失う事となるらしい。


「そんなに酷いだか……」

「あぁ、それ程に酷い」


「……だどもなんだ、徳蔵さん常世さ随分詳しいだでな……未だ行って間もねえだで?」

「魂となりあっちへと行った時点で、常世の殆どを知る事となるからな」


 大岩戸が突然閉まり始めてしまったのは、六郎が考えた通り、常世の中に生きた人間が二日以上も居た事で狂いが生じたらしい。


「そのものに近づけば多くを知る事が出来る、故におすずが迷った時も助けられたという訳だ」


 大岩戸が開かない事を知れば、現世への抜け穴を行く事とした。何せ一刻も早く現世へと小平太を戻し、瘴気を弱めねばならないからだ。


「しかしな、儂が行けるのは常世側の双世まで、現世側の双世へは入れん。故に意識が飛びそうな小平太を起こし続けた」


 現世側へと入れば、今来た道の逆順で進まなければならない。一か所でも違えばその先は迷宮となってしまうのだ。


***


「と、徳さん……いや……徳蔵様、すまぬ……」

「弱気になるな、瘴気に負けるぞ」


「承知……」


 丸一日かけて双世の境まで行けば、小平太をそこに降ろした。


「小平太、しっかりしろ! 良いか絶対に死ぬでないぞ!」

「しょ、承知……」


 そう言って小平太は丸薬を口に含むとふらりと立ち上がった。例え幻であっても、今は指一本動かす事も叶わない状態なのだが、小平太はそれを乗越えたのである。


 無論、徳蔵が小平太の魂に活を要れたとは言え、その精神力には感心するばかりであったようだ。


「では順路を言ってみろ」

「右、左、左、真ん中、左、右、左、右、右、右……それを七回繰り返す」


 すべてを完璧に答えた。後は行き倒れとならない事だけを祈る以外にない。徳蔵は小平太の両肩を強く捕まえれば。定まらない小平太の視線を止めた。


「小平太よ! おすずが待っておる! 無論、皆もだ! 一刻も早く双世を出て現世に身を置くのだ、時間は無いぞ! 全神経を集中して五度死ぬ気で挑め!」

「承知……徳蔵様……此処までの事感謝致す……」


「感謝は帰っておすずに言え! 良いな約束だ! 絶対に死ぬでないぞ!」

「しょ……承知」


 徳蔵は不安でしかなかったようだが、それ以上出来る事は何もない。小平太は刀を杖に現世側へと入れば、振り返り右のこぶしを突き上げたようだ。


***


「で……どうなったんだ……」

「そこより先は儂にも解らぬ」


 徳蔵が言うに、洞窟の入り口に辿り着ける可能性も低いのだが、あの大池を越えるのも難関だという。あそこまで弱った身体では河童に引きずり込まれる可能性もあるし、単に溺れてしまう事も十分にあり得るというのだ。


「し、したら今すぐ迎えに行くだ! 馬で行けば間に合うかもしれねえ!」

「そう言いだしかねんと思い、今まで待った」


「……ど、どういう事だで……」


 あり得ない程に多くの瘴気を受けた人間の近くには、邪気が蔓延している。故にその気に慣れていない者が近づけば瞬く間に邪気に当たり死ぬ事となる。


「先ほど申したであろう」

「じゃあ……小平太様は……」


「二日以内に双世を出ていなければ、今はもう果てておる」

「そ、そんな……」


 死んで間もない場合、魂は未だ現世に残っている、故に徳蔵も小平太の安否を知る術が無い様だ。


「……すぐそこまで来てたのに……」

「仕方も無い事だ、しかしな……」


 ただし、可能性は極めて低いが、運良く双世を出て現世にて自然治癒を行い、瘴気を弱める事が出来れば、大集落へ帰る可能性はほんの僅かだがあるという。


「ほんの僅か……」

「うむ、ほんの僅かだ。だが、完全に無ではない事も事実。解るなおすず」


 徳蔵が冒頭に期待をせずに聞けと念を押した事を考えれば、それは本当に期待が出来るような話ではないに違いない。


 故にすずは徳蔵が何を言いたいのか理解をした。


「徳蔵さんあんがとした。おら、ほんのちっとでも可能性があるならば、小平太様さ信じて生きて行くだで」


 その言葉に徳蔵はようやく安堵した表情を見せた。


「偉いぞ、おすず。これからも懸命に生きるのだ」

「徳蔵さん、ほんとにあんがとした」



♢♢♢


次回、最終話「すず天に舞う」となります。

此処までお読み頂きまして、本当にありがとうございます。


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