天界
翌日より鍛錬も再開し、日中は大集落の皆と大いに働いた。無論、すずも大集落に姿を現して手伝いをしているが、身に纏った苦しみは見るに辛いものがあった。故に誰一人励ます事さえ出来ない。
そんな状況を見かねて大集落の皆は、すずが一番喜ぶ食べ物を届けたのである。その中の一つに最もすずの気を惹く饅頭が届けられたのであった。
「お琴様……すまねえだで……、……何だでな……食えねえんだ……、……」
「おすずちゃん……無理してでも食べないと……」
琴は心配し、饅頭を作って来たのだが、すずはそれを見ただけで、手に取ろうとはしなかった。
「すまねえだ……食っても全部戻しちまうだで……」
それらの様子に太助が酷く心配し、薬を調合し飲ませようとはしたのだが、すずはそれさえも拒否し太助には謝罪と感謝を言った。
「しかし、おすずちゃんこのままでは!」
「……だいじだで、今に食も戻るだでな……」
太助が心配しているのは食欲の減退ではない、信じ難い程にすずを蝕んだ心労の方である。そのままでは命が尽きてしまう事が目に見えていたのだ。
「駄目だ、このままでは死ぬぞ」
力なく太助を見つめると、ぎこちない笑顔を見せた。
「大丈夫だで、おら一回死んでるだでな、死ぬ加減さ判るだで。そん時さ太助さんの薬の世話さなるだよ」
「……絶体に約束だぞ」
「もちろんだで、心配かけてすまねえだ……」
それから二日後、真三と東吉それに千次の遺髪を徳蔵の墓所隣に埋葬すれば、すずはそこに膝を付いて手を合わせていた。
「真三さん、東吉さん、千次さん今までほんとにあんがとした……、これからも皆を見守ってな……お願いだで」
その言葉は、まるで皆に別れを言っているかのように聞こえ、守り人達はすずの小さな背を見つめていたのである。
「今夜は三人の魂を送り出そう、誰か白酒の手配を頼む」
「承知」
仙吉は小平太を死者の数に入れていない。それはすずの心労もさることながら、自身小平太の死を認めたくなかったからだ。誰一人小平太の死を目撃していないのだから当然である。
夕餉は一層賑やかに、思い出話を交えながら四人の魂を見送った。が、すずは相変らずである。その場を濁さぬ様に笑顔を見せているが、やはり魂は抜けていた。
守り人達はどうするべきか考えるも、どうにかできるものではない。今はそっと見守り、危険を感じたら無理にでも薬を飲ませようと話し合った。
それより二日が後……。
気が付けばすずは見知らぬ地に立っていた。周囲を見回してもまるで見当も付かない場所である。
(なんだで此処は……どうしちまったんだ……おら、もしかしたら死んだだでか……)
とその時、足元に黒丸の気配を感じた。
「黒丸も居ただか、ならおら、まだ死んでねえだな……したら、此処さ何処だでな……おら達迷子だで」
「迷子ではない、俺が連れてきたんだ」
「んだか……、……黒丸が連れて……、……って!」
「だ! 喋った! 黒丸が喋った!」
「くっくっくく……驚いてやがる、おもしれえ」
理解に苦しむすずを見て喜んでいる黒丸は、普段の姿と変わりは無い。
「な、な、なんでだで? どういう事だ!」
「いいから、俺についてこい」
振り返る事無く黒丸が歩き出すと、すずはそれを追った。間もなく前方には濃い霧が発生していたが、黒丸は構わずに歩いた。
「何処さ行くだで、余計迷子になっちまうだよ」
「心配いらん、くっくっくっ」
間もなく濃い霧の中には人影が有った、精霊は居ないが近づくほどにそれは見覚えのある人物である事が解った。
「見ての通り徳さんだよ」
「徳蔵さん……なんだで……」
霧の中に居たのは紛れもなく徳蔵であった。
「どうしたんだ?」
「大事を伝えに来た」
「大事? ところで此処は……何処だで?」
「天界だ、神々に頼んで使わせて貰った」
天界と言う言葉を使ったが、それがどういう場所か説明するには難しい様だ。とにかく徳蔵が言うに、すずの魂を黒丸を通し、此処へ呼び再会を果たしたという事らしい。
今こうして自分が体験すれば、恐らくは小平太もきぬと再会したのはこの天界だったのかもしれない。
「んだか……徳蔵さん、頑張って貰っただども……小平太様、駄目だっただ……世話かけちまってすまねえだ……」
徳蔵は少し間を置いた後に反応した。
「おすずよ、心労が思った以上に酷いな……そのままでは間もなく死ぬぞ?」
「良いんだ。おら、やらねえとならねえ事やったで……それにもう疲れただよ……皆には心配かけるだで言えねえだども、おらほんとに疲れたんだ、もう終わりにしてえ……思えばおらの命さ、水沢村でとっくに終わってるはずだでな……もう良いんだ」
毒茸の残毒があったすずは本来、水沢村でその生涯を閉じていた筈であった。それが小平太と出会い、今日まで生きてきたのである。
しかも、すずには重大なる役目があり、二度に渡りこの世を救ったのだ。
「だから、おらもういいんだ……十分すぎるだでな。徳蔵さん、おら本心だでこのままおらの好きにさせて欲しいだよ」
すずのその言葉に徳蔵は眉をひそめていた。
「おすず。良いか、これから儂が話す事、期待をせずに聞いてくれ」
「なんだで?」
徳蔵は少し厳しい眼差しを向ければ、力強くすずの両肩を掴んだ。
「小平太は刻限には間に合ったんだ」
「……、……じゃ、じゃぁ……やっぱりあの時……岩戸の向こうに居ただか!」
「先ずは儂の話を聞け」
「だ……」
「現世に双世があるように常世にも双世が存在する、解るか?」
「何となく……」
現世と常世は鏡向こうの世となり、人工物以外は全く同じ様相をしている。つまり常世側の双世に三日以内に入れれば、刻限は一切関係が無くなるのだ。
「小平太は二日と半で双世へと入ったんだ」
「ならば!」
「期待せずに聞いてくれと申したぞ」
「……、……」
徳蔵はその場で胡坐を掻けば、膝上にのった黒丸を撫でていた。
あの時、徳蔵はすずと離れれば小平太の微弱な気を感じ洞窟外の大池まで飛んだようだ。大池を目の前に動かない小平太を見つけたと言う。
「小平太はな、刀を杖にして膝を付き失神しておった……生きているのが不思議な状態でだ」
「な……何があっただ……」




