刻限までは
一方で、すずは双世へと戻り徳蔵との会話を打ち明ければ、山人と三助は常世に向かい深々と頭を下げた。
「ところで常世さ松明あるだか?」
「木々は豊富にある、ならば代わりは幾らでもあろう」
ズズズ……ズズン……、……
「だ? この音なんだで……」
「確かに……」
安心したのも束の間であった。岩が擦れる音がしたと思えば、大岩戸が突然閉まり始めたのである。すずは慌てて走り寄ると手をかざしそれを止めようとした。
ゴゴゴゴ……ゴッガガゴゴゴゴ……ガン!
「な! なんだでっ! と! 止まらねえ! 六郎さん、これ一体どうしたんだ!」
半日は閉じない筈の大岩戸が突如として閉まり始めた事で、すずは大慌てであった。
「常世に狂いが生じたか!」
「何? 一体どういう事だ!」
「生身の人間が居るからか? 詳しい事は分からん!」
ガン、ガッ! ゴガン! ゴガン!
「そんな! なんでだっ!!」
完全に閉じれば、再び開けようと奮闘するも大岩戸はびくとも動かなかった。
「おすずちゃん! 開かないのか!」
「開かねえ! なんでだっ!」
「一度閉じれば三日は開かないのが大岩戸の決まりだ……残念だが、大岩戸は開かぬ」
「……三日……って事は……」
六郎の言葉にすずは振り返りながら、膝から崩れ大岩戸の前に尻をついた。
「なんでだ……、……これじゃ此処まで来ても、こっちさ来れねえでねか……、……どうすんだ……小平太様帰って来れねえ……三日後なんて……生きていられねえでねえか……」
やがて、小さな背中が目に見えて震え始めれば、すずの感情は一気に堰を切った。最後の望みが目に見えて絶たれてしまったのだから仕方も無い。
「……こ! 小平太様あぁぁぁ! 嫌だあぁぁぁぁ! こんなの嫌だぁぁぁ!」
「おすずちゃん……」
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁ! 小平太様ぁぁぁぁ!」
洞窟内はすずの号泣に包まれた。それ程に涙が出るのかと心配になる程泣き腫らせば、しばらくして静かに立ち上がり項垂れた。その悲壮感は見ていられない程である。
「……、……お願いがあるだ……」
「どうした?」
「せめて刻限となるまで此処に居させてもらいてえ……、……」
「もちろん、そのつもりだよ」
龍の巣には複雑に入り組んだ先の先に、常世への抜け穴があるとは聞いたが、再び期待を持たせてしまうのも気の毒である。
六郎も山人も三助もそれには触れず、ただ時が過ぎるのを待ったが、その間もすずは大岩戸を開けようと奮闘していた。
「おすずちゃん本当に残念だが……刻限を大分過ぎてしまった……もう無理だ、我々の身体にも影響が出始める」
残酷だが忍びは時の経過を正確に把握できる。
「……、……ひっ……皆、待っててくれてあんがとした……ほんとにあんがとした……」
「おすずちゃん……」
項垂れ俯いているから表情は見えない、しかし経験の無い程の悲しみと衝撃に打ちのめされている事は間違いが無い。
「……、……苦しまねえ事だけ神様にお願いするだ……、おら他に何も出来ねえ……うぅぅ……、……おら小平太様に命さ救われたのに……、……なのに……小平太様の……い、命さ……ひっ! ……う、奪っちまった……皆の……それに困ってる人たちの希望さ……おらが奪っちまったんだ……」
「おすずちゃんの所為ではない、考え違いをしてはならぬぞ」
「だども、おらがもう少し注意してれば、こんな事には成らなかったんだ……」
山人と三助はすずの肩を抱き、徳蔵が教えた運命である事を丁寧に説明した。
「……すべてが運命だか……、だども……これが懸命に戦って来た小平太様の運命だっただでか……? そんな……あんまりだ……」
ようやく顔を上げたのだが、その表情に山人と三助は言葉を失った。運命に対して怒りを見せるのかと思えば、泣き腫らした上に、これ以上ない程困り果てているのである。
「おすずちゃん……」
「酷いだで……あんまりだよ……大勢の人の命さ救ったのに……こんなのあんまりでねえか……ひっ……い、遺髪すらねえんだ……そんなの……そんなのって……」
「おすずちゃん……」
「……わかってるだで……神様の力でも敵わねえ事さあるだ……おら、神様さ恨んでねえ……心配しねえでな……」
そう言うと背を向け、出口へと向かい歩き始めた。
掛ける言葉も無い、此処に残ると言い張るのかと思えば素直に承諾したのである。無言のまま歩きゆく小さな背中には言いようのない深い悲しみが覆っていた。




