再び常世へ
勿論、常世に存在する飲食物は一切絶たねばならない。そんな状態で三日以内に崖見の洞窟へ行かねばならない。
山人と三助は崖見への道中を思い出し全力で走った状況を想像していた。
「道がないならば無論、最短を走れば……間に合うか……しかし……」
既に聞き及んでいるのだが、常世において生身の人間は異物となる。故に小平太は妖達から襲撃される事となるのだ。ならば、必要以上に時を要する事となるのだ。
「一つ重要な事を聞きたいのだが、常世内で妖を切る事は可能か?」
「可能の筈」
「筈?」
「何せ前例が無いからな、しかし常世の決まり事から考えれば現世の存在である小平太殿が妖に干渉できるは当然の事」
不安そうに話を聞いているすずの肩を仙吉が優しく叩けば、笑顔を見せた。
「小平太様は幻でも特別なる存在だぞ。きっと無事に帰って来る」
「……ほんとだでか……」
「しかも常世には最強の親父様が居るんだ。おすずちゃんも助けられただろ?」
「だ! んだ……徳蔵さんが居るだでな!」
先ずは六郎が案内で、すずと山人それに三助が再び洞窟へ向かう事となった。残った仙吉たちは命を落した真三と東吉と千次の亡骸を近くの寺に埋葬した後に、山路が案内で急ぎ崖見を目指す事となった。
また、片腕を失った佐一と背中に深い裂傷を負った茂吉は、しばらく京に留まる事と決まったのである。傷がふさがらない事には長旅など出来る訳もない。
準備が整い、先ずはすずたちが出立した。急いで行ったところで、小平太がそんなに早く辿り着く筈もない。ゆえに前回ほど飛ばす必要もない。二日がかりで崖見へ着くと馬を降りた。小平太の残り時間はあと丸一日となる。
「未だ時はある、先ずは身体をしっかり休め、腹ごしらえだ」
「急がねえだか? 小平太様もう来てるかも知れねえだよ?」
常世の岩戸を開けておけるのは最長で半日しかない、故に小平太が常世へと入った時より遡り半日前に開けなければ、途中で閉じてしまう事となるのだ。一行は番人の屋敷へ入ると、先ずは小休止となった。
「夜中に、行く事となるから今のうちに十分休んでおくと良いぞ、先ずは腹ごしらえだ」
「承知」
しかし朝餉が用意されるも、すずは項垂れたまま手を付けようとしなかった。
「小平太様、今頃腹空かしてるだで……」
「おすずちゃん、心配ないよ我々はいざと言う時の為の丸薬をいつも持ち歩いている」
「……丸薬?」
丸薬は空腹を満たすものもあれば、不眠不休で動く為のもの、身体を温め冷えから守るものなど幾種類にも渡る。いざとなればそれを使えば命を落す事は無い。
「だから心配はない。ところで、おすずちゃんを引き込んだ蔓って何だったんだ?」
「何かの植物だったでな、小平太様が切ってくれたんだ」
「そうか……常世は樹木さえ危険という事か……」
時を待ち月夜の中、出立すれば山人の先導で崖を跳んだ。程なくして小舟に乗れば洞窟を目指したのである。
チャポン
「おすず、それに皆遅かったな」
「だっ! 小平太様っ!」
「だから妖だって」
「おいおい三助、俺が河童に見えるのか」
「お前どう見ても河童だろうが」
山人と三助の懐には真実を見る護符が入っている。
「違う、やっぱし小平太様だ!」
「河童だってば、精霊見えないだろ?」
「だっ! ほんとだ!」
六郎の気が届けば河童は慌てて潜り遠くへと泳ぎ逃げて行った。
「河童め、とんでもねえ……」
小舟を着けて走りゆけば、間で六郎が呪縛を放ち妖たちの動きを封じた。間もなく岩戸の前まで来ると、煙を焚き岩戸を開けたのである。
ガン! ガン、ガッ! ゴガン! ゴガン! ゴゴゴゴ……ゴッガガゴゴゴゴ……
「先ずは、鬼切を元に戻し急ぎ戻れ」
「分っただ」
「道順と注意は覚えているな?」
「もちろんだで」
松明を手に常世へと入るとすずは駆け足で進んだ、間もなく月明かりがこぼれる洞窟の入り口まで行けば、元々置いてあった通りに鬼切を置き、走ったのである。
「おすずよ、また来たのか?」
それは紛れもなく徳蔵であった。経緯を心の中で語れば徳蔵は大いに驚き感心しているようであった。続きを話し、小平太が常世に入ってしまった事を伝えれば、先を進むすずの肩に徳蔵の温もりが伝わった。
「気配は消しているだろうが、見つからない事は無い。儂がそっちへ案内してやろう。おすずよ大事無いぞ、小平太であればどのような難局であっても乗り切れる天性の勘と運、それに対応力がある」
(んだな、おらもそう思うだ)
励ますように背中を何度も叩かれれば、間もなく出口である。
「小平太の事は任せておけ、出来る限りのことをするからな」
(徳蔵さん……おら、大厄災の時の礼も言って無かっただで、なのにこの前も助けてもらい、今回もまた……ほんとにあんがとした)
徳蔵は姿を見せないが、笑っている事は明白であった。
「これもまた運命」
そう言い残すと徳蔵は瞬く間に離れて行った。小平太を探しに行ったのだと感じたすずは、そのまま双世へと戻ったのであった。




