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非情なる戸締り

 すべてが解れば、この妖を始末して終わりとなる。しかし、呪師の術を得ているだけに迂闊には触れられない。


「どうやら呪術は人の身体を通さないと使えないようです」

「ならば、この妖を蒼天から引っ張り出す事は可能か?」


「可能ではあるが、危険が伴うぞ」


 妖が嫌う煙玉が有る。その煙が漂えば妖は堪らず一里は離れるという優れものらしい。怪我をして動けない場合や、囲まれた場合に重宝するという。


「これを使えば間違いないが、鬼同様に呪縛を解く必要がある、こいつは素早いらしいが大丈夫か?」

「素早いのは俺も同じだ、この妖には代償を払わせる」


「確かにあんたの刀捌きなら間違いなさそうだが……よし、やってみるか」


 煙を焚けば蒼天の中の妖は足掻き始めていた、小平太が数歩近寄れば準備は整った。


「小平太さん行くぞ!」

「妖よ、終わりだ」


「くっくく……人間如きに俺の動きが見切れると思っているのか? 馬鹿めが」

「言っておくが油断しない方が良いぞ」


シュビッ……


 山路が手を挙げた瞬間に妖の首が転がり、小平太の刀は既に鞘へと収まっていた。


 目で追えたのは幻の三人以外にない、特に番人の二人は何が起きたのか解らず瞬きを繰り返した。


「一体どうなった……」

「逃げる間もなく一瞬で首が落ちた」


 半透明の妖は発火するとその場に燃え尽き煙となった、長きに渡る乗っ取りも、とうとう終わりを告げたのである。


 そして蒼天の命も尽きた事で戸を縛る呪いも解かれたようだ。後は地の術で閉じるだけとなった。


「ようやく終わりましたね」

「そうだな」


「したら、閉じるだでな……戸に近づいても平気だか?」

「あぁ、結界を解くが煙がある、ただし注意は怠るなよ」


「わかっただ」

「頼んだぞおすずちゃん」


 岩戸は実体ではない。結界を解いて間もなく、岩戸が音も無く閉じ始めれば、中ほどまで進んだところで、すずが周囲を気にしたその瞬間であった。


シュルルッ!


「なんっ⁈ うぅっく!」

「くっ! おすずっ!」


 岩戸の向こう側より蔓のような物が伸び、一瞬にしてすずの身体に巻きつくと、常世へと連れ去ったのである。瞬時に疾風の如く小平太が走り戸の中へと飛び込んだ。


 煙は蔓に効かなかったようだ。すずに追いつき、短刀で蔓を切る事で解放すれば、同時に華奢な両の手首を掴んだのである。


 閉じ行く戸の僅かな隙間を狙い素早く身体を回転させれば、すずの身体は遠心力により真横となった。すずは驚き目を見開いている。


 間もなく小平太の手が離れれば、すずの身体は勢いよく飛び、常世の戸の僅かな隙間を脱して現世へと戻ったのである。


「小平太様ぁぁぁぁ!」


 仁平が素早く跳び受け止めると、すずはすぐに走り戸へと向かった。手をかざし必死の形相で戸を開けようと奮闘するもどうにもならなかった。


「な! なんで! 何で開かねえんだ!」

「おすずよ、それは実物の岩戸ではない。残念だが開く事は無い」


「何っ⁉」

「し、したら……小平太様は……、……小平太様は……どうすんだ……」


 残り一寸程となった空間も消えれば常世の戸は完全に消え去ってしまった。


「……、……どうすんだ……閉じちまった……どうやったら……どうやったら、小平太様帰って来れんだ……そんな……どうすんだこれ……」

「おすずちゃん……」


 驚いていた表情が、絶望へと変化してゆくと、小さな身体は目にみえて震え始めた。


「小平太様あぁぁぁ! 帰ってきてくれぇぇぇ!」


 すずの絶叫が九条大路を、いや他の多くの通りを一気に走り抜けた。


「おすずよ、未だ諦めるでない」


 六郎の言葉にすずは向き直った、戸が開く事は無いと言いながらも、諦めるなと言うのだから何か他に手立てがあるに違いないからだ。


「な! 何かあるだか!」

「条件は厳しいがな、有るには有る」


 常世はこちらの世と鏡合わせである事を小平太は知っているし、崖見村の位置と距離も知っている。確かに建物や道はなく原生林となるが、勘と霊力を駆使すれば崖見の洞窟へと辿り着く事は不可能ではない。


「我々もこれより双世へと向かい岩戸を開ける、三日以内に間に合えばこちらへ帰って来れよう」

「……んだか、その手が有っただか」

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