誠の呪師
身動き一つできない蒼天は地に伏したまま目の前の時貞を睨んだ。
「しかし、人にとり憑く妖など聞いた事もねえぞ? 実体がないって事か?」
「小鬼同様に半透明の妖」
この妖の事は番人でさえ知らないようだ。
「で、お前の目的はなんだ?」
時貞の質問に抵抗しているようだが無駄でしかない。鏡の術に掛かれば隠し事等出来る訳も無い。
「この世を常世と同様に妖が住める世に変えたいようです」
「ん? 大した野望だな」
常世に住んでいたのだが、現世を知れば猶更こちらが住み易いと気付いたようだ。しかも現世にて既に人を食った事から、常世へは帰れない。ならば此処に自分の居場所を作ろうと考えたようだ。
「なるほどな居場所を求めたという訳か。それで鬼を利用し、自分たちを排除する人間を根絶やしにしようとしたか」
妖は蒼天から離れようと足掻いていたが、鬼さえ止められる山路の術が解ける訳も無い。足掻くほどに術は妖を縛り付けた。
「では、もう一つ聞こう」
「ぐぐぐ」
「お前、何時から此処に居り、何をして来たのだ?」
七百年と少し前、常世の戸が開いたのは大和国の京である平城京の近くであった。そこは労働者の集落で、多くの妖が現世へと出現したのだが、その多くが当時の番人達に狩られる中で、この妖は人体を乗っ取り上手い事狩られずにやり過ごしたようだ。
「この世の環境を気に入ったという訳か、ならばそのまま静かにしていれば良かったのではないか?」
「番人の存在を恐れたようです」
「なるほどな、いつ狩られるか知れた事では無いからな」
最初、農耕をする者を乗っ取ったのだが、この世を知るには知識が無さすぎた。ならば知識の宝庫となる京へと侵入するのは当然となる。
「それより次々と人を乗り換え、知識を持つ者から情報を得たようです」
妖は乗っ取った者の全てを奪える。その者の知識から経験まですべて手にする事が出来たのだ。故に更なる識者を乗っ取り多くを手に入れたようだ。
「そこまで近づき、帝は狙わなかったのか?」
「先ずはこの世を知り、どうすれば己が狩られずに済むのか、そこに執着したようです」
「ならば、役職に付いた者を乗っ取り、番人の郷を滅ぼす手もあったろうに」
「考えが及ばなかったと、今更ながら考えております」
しばらくすると世の中は大きく変わろうとしていた、詳しく聞けば此処より離れた地へと遷都する事が決まったのである。
「怨霊によって廃都と化した長岡京だな」
「そこよりは初日に聞いた話と相違ありません。ただ一つ、この遷都計画と暗殺は計画されたいたとの噂もあったようです」
「黒幕が居たと?」
「あくまでも噂にすぎませんが、この妖が偶然見つけた男は、とある一族を不審に思っていたようですが、興味がないのでその辺りの記憶は捨て去ったようです」
その男はどうも京を呪詛していた様子であった。しばらく観察した後にこの男を乗っ取れば、その者は早良親王を深く慕う呪師であった。幼少の頃より、互いに良き相談役でもあった様だ。
「なるほどな長岡京の怨霊とは、悲しき出来事の末の呪いであったという訳か」
妖からすれば呪いなど、どうでも良かった。故に呪師の身体を手に入れた妖は今まで得た知識と知恵を使い、呪師を崇高な神道者へと仕立て直したのである。
「呪いの方は途中で止まりましたが、噂が噂を呼び大騒ぎとなり長岡京は混乱に陥ったようです」
「で、僅か十年で平の京へ移る事となったのか、何ともな……」




