透け見える妖
常世の戸には再び結界が張られ、妖がこちら側に来る事を阻止したのだが、岩戸を閉めない限り、この戸が消える事は無い。
ならば、戸が閉められない限り結界を張り直す必要がある、呪師は長期戦へと戦いを変更したのだろうか。
そんな中、役人に通されてこっちへとやって来る者が居た。男は周囲を眺めつつ近寄れば、沈痛な面持ちで深く息を吐いた。
その姿に第一声を上げたのは大禅をはじめとする神道者達である。
「蒼天様!」
「おぉぉ、蒼天様!」
「凄まじい戦いであったようだ……」
「誠、目を疑うばかりの戦いにございました」
蒼天とは京を中心に活動する神道者で、凄まじい神通力を扱う事で知られており、神道者達からの信頼も厚いと言う。
「そうか、すまなかったな、儂の力が全く及ばず多くの犠牲を出してしまった……」
「我々も何もできる事無く……心苦しいばかりに……しかし、この窮地を鏡の御二人と守り人の方々、そして番人の方々が打開をしてくれましたところにございます」
「その様だ、誠にありがたい」
蒼天は周囲を見て感心した様子で笑顔を見せていた。
「しかし、あれ程の危機を良く打破したものだ、守り人と番人とは貴方たちか…この蒼天生涯忘れまい……で、術者とはその娘様か? 戸が閉まらぬうちは呪師からの危険が無いよう、我々が預かろうと思う」
「だっ‼」
「小平太殿。気持ちは解るが、此処は儂が」
「承知」
時貞はそう言うと、蒼天とは真逆に真剣な眼差しを向けた。
「見ての通り。鬼は無事倒せたのだがな、我々に許し難い犠牲が出てしまった」
「そのようだ……故に……」
時貞は蒼天の言葉を左手で遮り、話を続けた。
「しかも鬼を始末したと言うに、未だ何かを企んでおる」
「……故にその娘の身を案じておると言っておる」
再び左手で話を遮れば、蒼天は苛立ちを見せた。
「しかしな、その企みとやらは無駄でしかない、何故か解るか?」
「何が言いたいのだ?」
「解らないようだから、教えてやろう。お前は最も怒らせてはならぬ守り人を怒らせ、最も出会ってはならぬ我々鏡の者と出合うた、姿を見せるは命取りになると知らずにな」
蒼天は訝し気な表情を更に強張らせると、全身には殺気が立ち只ならぬ妖気さえ漏れ出した。
「聞き違いかも知れぬが、それは儂に言うておるのか?」
「当然だ、お前以外の誰に言うか」
「と! 時貞様……? どうなされましたか……? いくら何でも……それは……失礼と存じますが……」
時貞と蒼天のやり取りに、大禅や神道者は血の気が引いていた。神道者の中でも頂点となる蒼天に、失礼極まる物言いをしているのだから当然である。
「大禅よ。驚くかも知れぬが、こいつが呪師だ」
「なんと⁉」
「おすず、この者に精霊は?」
「居るだよ、だども元気がねえだで、無理やり縛り付けられてるように感じるだでな」
大禅は当然ながら、六郎も山路も訳が解らずと言ったところであろう。眉間にしわを寄せ成り行きを見守った。
「何を言い出すかと思えば、儂が呪師だと? この蒼天を侮辱するにも程があろう、鏡と言ったな今の言葉と無礼の数々、もはや謝罪しても許されぬ事ぞ!」
蒼天は怒りに震えているが、時貞は顔色一つ変えずに居た。
「まぁ、興奮せずに聞け。今は大事な事を聞きたい。何ゆえ《《妖》》が人の皮を着、何ゆえ人の言葉を話す? しかも呪師の術を扱うとは一体どういう事だ? ん? 聞こえたか?」
時貞は無論の事、守り人達は道忠が新たに用意した目の護符により蒼天の中に居る妖が見えていたのである。
「妖? こいつが?」
山路が素っ頓狂な表情で時貞に問えば、守り人達全員が頷いて見せた。
「狐と鼬を掛け合わせたような誠醜い妖が見えておる」
「……、……そうか、まさか見破れる人間が居たとは驚きだ。しかし問うているだけではどうにもならぬぞ? そろそろ儂の呪術を味わうか? 生きたまま腐っていく様は地獄だぞ?」
「いや、その前にもう一つ。お前、人の感覚は残っておるのか?」
「そんな事を聞いてどうする」
時貞の問いに道忠が頷いた。
「吹き矢と呪縛の術を同時に」
時貞の問いに答えを見れば道忠の声が響いた。蒼天は倒れ泡を吹いた。この妖の動きを封じるには人間に効く吹き矢と、妖に通用する呪縛の術が必要であったのだ。
倒れたを蒼天を見下ろしながら道忠が語った。
最初の計画は鬼の書を信じ込ませ鬼に食わせると言うものだったのだが、当然失敗に終わった時の策もあった。
それは番人と接触した時点で鬼の書に虚構がある事が知れる、ならばその次の手を考えるのは当然と言えよう。大量の形代と妖をぶつければ、番人も守り人もただでは済まないと普通は考える。
しかしその計画は予想を遥かに超える体術を持った守り人の存在によって、いとも容易く打ち消されてしまったのである。
「当初は全てを始末し、おすずちゃんをさらおうと考えていたようです」
「で、開いたままの常世より再び小鬼を呼び出すつもりだったか」
「その様です」
それらの計画がすべて無となれば仕方も無い、呪師と言う名の妖は、正体が知れるとは考えもせず、すずを保護する名目で近寄った様だ。




