守り人として
百数十年から数百年もの間、常世の戸が開くのを待って小鬼を呼び出すとは、余ほどの執念と言える。
「余程に何か使命を持つ一族という事か?」
「単なる恨みとは考え難いな」
呪師が如何なる者か凡そを聞くと、話は現世と常世の関係と決まり事を知ったところである。
「これは厄介な……触れる事さえ敵わずに、どうやって戦えと?」
「自然の術にございます」
大禅のその言葉に守り人は無論、今度はすず本人も反応した。
「なんと……」
「だ?」
少し間を置き目が白黒してくれば、皆に説明を求める様に忙しなくしていた。
「自然の術こそが常世の鬼を倒す唯一の手段となります」
すずの身体はまるで凍り付いてしまったかのように固まり、身動き一つしなかった。
「……、……ちょ、ちょっと待だで……それって、もしかしておらがやるって事だか……?」
皆が表情を変えずに静かに頷けば、すずはポカンと口を開け放心状態となった。恐らく半分ほど魂が抜け掛かったに違いない。
「ご安心下され、退治とは言っても常世へと帰るように術で仕向けるだけの事、危険は伴いません」
そう言うと、大禅はすずが安心するように苦み走った笑顔を見せていた。
「……ど、どういう事だで……?」
「伝説と事実は異なっておりました。道雪殿は鬼を倒したのではなく、常世へと鬼を帰したようにございます。鬼が帰れば戸を閉め騒動も終いとなります」
「なるほどな、考えていた修羅場とは違うようだ。良かったなおすず」
干渉さえ敵わぬ常世の鬼なるものと一戦交えるのかと腹を決めたが、事はそれ程厳しくはない様だ。ただ、当の本人は大厄災の時と同様にこの世の終わりを見てしまったかのような表情である。
「……ちっとも良くねえだよ……おら鬼なんかと会いたくねえだで、苦い人さ他を当たった方が良いだでな……」
魂が抜け掛かった状態のすずの声に張りはなく、精気さえ萎えていた。
「あてもなく探して居る間に京は壊滅となりましょう。それに私は苦い人ではなく大禅と言う名が……」
不信感を極めた表情で大禅を見ていたが、間もなくして何か思いついたのだろう、引き攣った笑顔を見せた。
「ん? どうした?」
「おら、この話さ聞かなかった事にするだで……、……では、そろそろ畑仕事に戻るだかな、皆待ってるだでな……あぁ~小豆さぁいっぱいとれただよぉぉ♪ 今年も豊作間違いねえ♪ さて、行ってくるだ」
そそくさとその場を立ち去ろうとするすずであったが、進む事も出来ずに磨き上げられた床上で足が空回りしていた。
「だ? あれ? ちっとも進まねえ……」
「おすずちゃん、残念だが帯を掴まれてるぞ」
「だ! 小平太様だな! 離すだで!」
「おすずが逃げてしまえば、大勢の人が死んでしまうのだぞ? それでも良いのか?」
その言葉にすべての動作が止まっていた。項垂れた様子を見れば逃げようとする己が心苦しいのだろう。
「大丈夫だ、おすずなら出来る。あの大厄災を乗り切ったのだぞ、自信を持て」
「だども……鬼だで……おっかねえもの……」
「おすずちゃん、大丈夫だよ皆がついているよ」
「だ、だども……」
「なら、お琴に言って蜂の巣蜜を多くした饅頭を作って貰おう、道中の共にすると良いぞ」
藤十郎の言葉にすずは明らかに反応していた。
「……、……巣蜜を多くした饅頭……、……」
蜂の巣蜜はとても貴重な品となる。故に饅頭に毎回使える訳も無く、巣蜜入りの饅頭は特別な日に限り、琴が作ってくれていたのだ。
「あぁ、そうだ。大事な役目を成さねばならぬのだからな、滋養を高めねばなるまい」
明らかに表情が変わっていった。
「……、……な、なら仕方ねえ……、……だ……違う……そうでねえ……おらも守り人の一人だでな、逃げる訳にはいかねえだかな……、……」
「偉いぞ」
「……巣蜜の多い饅頭が理由でねえからな……、……ほんとだで」
「あぁ、わかっている」
食い物に釣られたと思われるのが余程に嫌な様だ。皆の顔も疑い深く見ていた。
「勿論だよ。おすずちゃんはお子達の手本だからな。なぁ皆」
「あぁ、勿論だ」
すずが決心すれば、鬼の書をより詳しく解説して貰い理解を深めた。間もなくして書を更に一枚を捲れば、そこには自然の術について挿絵と共に説明が書かれていた。