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疑い

 京へと辿り着けば、すずは馬を降りふらふらと数歩行き、宿所の柱につかまった。脳が揺れ焦点があってないようだ。


「ぷくく、今回もいっぱい揺れただでな」

「おすずちゃん、大変だったな」


仙吉の労いの言葉に笑顔を見せれば、背中に括りつけた鬼切を指した。


「大変なんてもんでねえだよ……常世さ行ってこれ取って来たんだ、常世は死んでからいくって聞いたのに、生きたまま行って来ただでな」

「えぇ? 常世へ行った?」


「んだ、こっちの世と鏡合わせなんだ」

「は? なんだそれ……」


「中で話すだでな」


 そう言い、ふらふらと歩き講堂へと入ると草鞋を解き、足を拭けば再びふらふらと大広間へと向かった。余程に目が回っているに違いない。


 事の経緯やその身に起きた事を小平太の修正の元、皆に伝えれば、徳蔵が助けてくれた事もしっかり話したが、すずは間もなく疑わしい視線を周囲に向けて、しきりに匂いを確かめていた。


「ん? どうした?」

「……、……すっかり気にしてなかっただども。皆この二日御馳走食っただな……なんだでこの旨そうな匂いは……、……焼いた魚だでな……この前の鯖とはまるで違うだで」


「まっ! ……まぁ、うん……でも、まぁそんなに御馳走と言う程でも無かったぞ……」


 食べ物に関して人一倍興味のあるすずに並ぶ者は居ない。そのすずを差し置いてこの二日の間、京の幸を堪能していたのだ。皆は何気なくすずから距離をとった。


「御馳走なんて言う程のものでも、な、なんてことないぞ。最初の夜は確かに凄かったけどな……」


 仙吉の言葉に疑いの視線が刺さる。すずは更に匂いを嗅ぎ分析している風である。


「確かあの時、明日にはもっと良いものを用意出来るって聞いた気がするだで……」


「いや……、……き、気のせいだよ……」

「ほんとだでか……?」


 一層疑わしい表情に笑ってしまいそうだが、守り人の皆は視線を反らし我慢をしたようだ。


 間もなくして小平太が隣に腰を降ろせば、小さな肩を叩いて励ました。


「その間こっちは貴重な体験が出来たのだぞ、余程良かっただろう」

「だ……あまりいい体験でねえ……」


「ん? 徳さんと会えたではないか? しかもおすずは直接話もしておる、我々にとってはうらやましい限りだが?」

「確かにそうだで……んだな……おら徳蔵さんと話さ出来ただでな、手の感触が今も背中にあるだで」


「そういう事だ。ならば、そろそろ鬼切を皆に見せてやると良い」


 気を取り直したすずは満足そうに背中の紐を解くと、巻いた布を取り去った。御馳走の事は瞬く間に忘れ去ったようだ。


「えぇぇぇ? なんだそれ……」

「これが……鬼切?」


「これ鬼の角だでな、おら以外は触ったらなんねえだ、祟りがあるだよ」

「祟りではなく障りだ」


「うわぁ……鬼の角って……」


 六郎が説明し始めれば、皆は黙って聞き入った。


「へぇぇ……月の神様の力か、おすずちゃんやっぱりすごいな」

「ぷくく、凄いだでな。おとうが聞いたら腰抜かすだよ」


「ところで、鬼と呪師はどうなっている?」

「鬼は、山路が完璧に止め問題は無きに。して、呪師に至っては未だ姿かたち潜伏先も見せず。で、もう一つ」


 道忠と時貞が、鬼を拘束した周囲と、この宿所の周囲に呪師が使うと思われる符を幾つも見つけたようだ。それらは、家屋の壁や水桶などに張られており、恐らくは呪師の目として使われていたと推測される。


「呪師は古来より、己の姿は一切表には出さず監視の目で状況を見張っているという、此度も一緒だろう」

「過去に呪師と番人がやり合った事は?」


「百四十年前の道雪の時に一度やり合ったそうだが、形代に阻まれ逃げられたようだ。解っている事は大人の男であるという事のみ」


 その時であった、宿所の戸を誰かが叩いたのである。

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