龍の巣へ
間もなく小舟は洞窟へと入った。船灯に火を入れれば周囲はほんのりと照らされた。
「いかにも何か出そうだな」
「あぁ、出る。奥へ行くほどに中級、上級と難易度も上がる。ちなみに鬼切があるのは最奥となる」
間もなく小船を接岸させれば杭に縄を掛け地へと降りた。
「ぎゃ! あぎゃぁ! ぐわぁっ、ぐわわっ!」
「娘を寄こせと騒いでおるぞ」
「だっ! と、とんでもねえ!」
うるさいのは河童である。水中よりこちらに向けて魚を投げ威嚇をしているようだが、六郎が気を入れれば怖気づいて一斉に水中へと消えて行った。聞くに河童はかなり臆病のようだ。
「魚もったいねえな、これ全部立派な岩魚だで、脂ものってるはずだし旨いだよ」
「此処の食い物を口にすれば此処より出られなくなるぞ、捨てておけ」
「だ?」
此処は双世である、現世と常世の性質を併せ持つ。故に現世の人も常世の妖も此処にある食い物を食う事で、この双世へと縛られる事となるのだ。無論それは動物や魚、昆虫に種子など全ての生命に影響をするらしい。
「つまり、此処に居る妖や生き物は全て此処より出れないという訳か」
「その通り、念のため結界も張っているがな、それでも年に数十匹は漏れ出るから、我々が居る」
この洞窟は龍の巣と言われており、複雑に深く入り組んでいると言う。故に奥深くで道を間違えれば、妖の脅威も相まって生きて帰れる可能性は一気に下がるらしい。六郎が幼少より今に至るまで五十人以上が帰らぬようだ。
「なるほど、龍の巣か」
「此処天井さ穴開いてるだな、何か光がきらきらしてるだで」
「良く気付いたな、その穴が鬼切と深く関わりがある、良いか娘よ、今から辿る道順をしっかり覚えておくのだぞ」
「関係が?」
「大ありだ」
分かれ道を迷うことなく進めば、間もなく松明の灯りに照らされた瞬間に何かが闇へと姿を隠した。
それは地面だけでなく壁さえも進めるらしく、直径にして一尺はありそうな蜘蛛のような存在であった。
「あれは現世で言うところの蜘蛛の幼体だ、後頭部に貼り憑かれぬようにな」
「張り付かれるとどうなる?」
「鋭い吸い口を刺され、瞬く間に養分を吸われお終いだ」
すずは人一倍警戒し、皆にピタリと着いて歩いた。足音からして蜘蛛の数が増えてきたのは間違いない。一行はこちらに近づく蜘蛛を追い払いつつ歩けば、程なくして悪臭が漂い始めたのである。
「な……何だでこの匂い……おえっ……」
間もなく闇と灯りの狭間にはぼんやりと白っぽい何かがいくつか並んでおり、近づくほどに強烈な腐敗臭が濃くなった。
「大蜘蛛の食料となる河童だ、糸に巻き保存してある。この匂いだと六割は腐っておるからそろそろ食い頃だろう」
「おえっ……」
ズサ……ズサ……カツン……
「大蜘蛛のお出ましだ」
「だ? 何処だ?」
今までにない大きな足音がしたかと思えば、松明の明かりに照らされた大きな身体が見えてきた。紛れもなく大きな蜘蛛そのものだが、顔が凶悪な牛のようにも見えた。
六郎が瞬く間に術で呪縛すれば、大蜘蛛は足掻くばかりで何もできない。
「ほぅ、凄い術だな」
「うわぁぁぁ……なんだでこれ……蜘蛛と牛が混ざってるだでな……」
洞窟内に六郎の笑い声が響けば、多方向から悲鳴なのか咆哮なのか得体の知れない声が帰って来た。故に、すずは身を縮め周囲を警戒していた。
「……あまりでかい声出さねえほうが良さそうだで」
「心配ない」
「ところで、この妖たちは一体何処から来るのだ?」
「複雑に入り組んだ先の先に常世への抜け穴があると言われている。無論辿り着いた者は居ないがな」
間もなく左側に二つの入り口が見えた所で六郎太立ち止まった。
「此処より面倒な奴が増えるゆえ一気に走る、ついて参られよ」
此処よりは中級の妖が出やすくなると言う。修行者であれば戦い進むのだが、今は目的が違う、ならば一気に走り抜けやり過ごすらしい。
「娘、低く跳ぶ事は可能か?」
「やった事ねえ」
「なら儂の背中を追い低く跳んでみると良い、難しい事は無い筈だ」
天井までそんなに高さはない。ならば気を付けて跳ばなければ頭をぶつける事となる。すずは天井までの高さを確かめれば、走った六郎の背中を追い跳んだのであった。それは走るより早く確実となる。
「行けるだで!」
「良し、なら全力で行くぞ。止まるなよ!」
「承知」




