双世
崖を登り切れば、そこは山体が崩壊した山の外輪の頂であった。見下ろせばその中は幻想的な雲海に満たされていた。
「だぁぁぁ……すごいだな……」
「眼下に見えるが禁足の地となる」
「ところでその、きんそくのちってなんだで?」
「何かしらの理由から、人が入る事を禁じた地。ちなみに此処には妖が居る」
「だっ! 何だでそれ!」
「心配ない、郷の子供達も毎日通う場所だ」
「……だども妖だでな、道忠様も時貞様も居ねえだで……大丈夫だでか……」
「儂が居る、案ずる事は無い」
六郎はどの角度から見ても神職ではない、故にすずは疑いの目で見ていた。
少しして山の底へと向かい急傾斜を下り始めた所である。外輪の内側は広大な森ととなっていた。
至って静かな森なのだが、此処は六郎が言う通り禁足の地には違いない。霊力がざわつき異変を知らせているのである。
「大丈夫だでか……?」
「あぁ、とりあえずは心配ない」
「しかし、この違和感は一体なんだ?」
「結界だ、妖が此処より出られぬ様に閉じてある」
その結界の内側へと入り静かな森を行けば、間もなく清らかに澄み切った池を目の前に立ち止まったのである。此処よりは小舟を漕ぎ進むようだ。
「この地は双世の地といってな、現世と常世を併せ持つ地となる。簡単に言えばどちらの世でもない狭間の地という事だ」
さらりと言うが、聞いて理解することは難しい。六郎からすれば当然の事なのだろうが、守り人からすれば難解な説明と言える。ならば実際に見て感じれば理解も早い。
霧が立ち込め幻想的な景色の中、船が進めば徐々に重苦しい雰囲気が漂い出したのである。
「……な、なんだ……嫌な予感しかしねえ……」
間もなく霧の中から現れたのは大きな岩肌であった。正面は大きな漆黒となっており、そこが洞窟の入り口となるようだ。
チャポン……
「なんだ? 魚か?」
「おすず! 元気だっただか!」
「……、……あれ? ……おさえちゃん? おさえちゃんの声だで?」
「妖じゃねえかな」
三助が指摘するも、すずは首を傾げ周囲を見ていた。
「だども今の声さ、おさえちゃんだで?」
「俺にはぎゃわわ、としか聞こえてねえぞ、それにこんな所に居る筈がねえし」
すずの同郷の友である《《さえ》》は、水沢村に居るはずでこのような場所に居る訳もない、ならばそれは霊か妖の仕業に違いあるまい。
「あれは常世の河童だ、娘の心を読み誘っているのだよ」
「誘うって何処さ?」
「水中に引き込み喰おうとしている、何せ子供は河童の大好物だからな」
「だっ! とんでもねえ!」
六郎は少し目を閉じていたが間もなく指させば、その先には水面より顔を出した娘が居た。その顔は《《さえ》》そのものだが、それはすずにしか認識できない。皆には醜い表情の妖にしか見えないのだ。
「だ! やっぱしおさえちゃんだ!」
「だから妖だって」
三助の忠告にすずが目を擦り改めて見ていれば、六郎が指先を弾き何かを飛ばし河童の額へと命中させた。聞けば霊力の欠片だという。
「ぎやぁっ!」
「だ! おっかねえ! 妖でねえかっ!」
「だからさっきから、そう言ってるって」
河童は水中へと潜れば、遠くへと泳ぎ離れていった。
「始末しなくて良いのか?」
「この辺りに居る妖は低級ゆえ放っておくに限る、何せ郷の子供たちの練習相手だからな」
崖見の村で生まれた子には、特殊な霊力が備わり生まれる事が多々あるようだ。
この地に生まれ、五歳の誕生月までに霊的才能が認められれば番人、もしくは忍びの候補として修業が始まるらしい。
それは大沢の忍びと変わらず、基礎的な動きを徹底して身につけ体幹を養うようだ。しかし、鍛錬はそれだけでない。霊力に関する厳しい鍛錬も加わるのだ。
「子供たちは此処で常世の妖と言うものを知り、戦い方や術を覚える」
「現世では常世の妖に干渉できないと聞いたが?」
「基本的にはそうなるのだが、此処で生まれた者はその限りではない。それと、もう一つ此処は双世だ。現世と常世の狭間の地、故にどちらも干渉が出来る」
「ならば、我々も妖を倒す事が?」
六郎は深く頷いて見せた。
「もう一つあったな。今は現世に常世の戸が開いた状態となる、開いているうちは此処でなくとも、妖に干渉する事は可能だ」
常世の戸が開いた時、二つの世の法則には狂いが生じる事となる。普通、現世に生きる者は常世の者に干渉できないのだが、この時ばかりは干渉する事が可能となるようだ。
無論それは常世でも同じ現象が起き、常世の者が現世より来る魂に干渉できてしまうという。
修行の子供に話を戻すと、低級の妖さえ倒せなければ、郷の民に加わり農夫か猟師となる。中級の妖を倒せてようやく忍びとなれる。更に上級の妖を倒せればその者は番人として認められるのだ。
「鬼は上級ではないのか」
「あれは特級だ、我々の手には負えぬ」
「なるほどな、その時は自然の術者を探すと」
「その通り」
「見つかんなかったらどうすんだ? って言うか、見つからねえのが普通だで、世の中広いんだでな」
すずの問いに六郎は笑顔を見せた。何やら見つけ出す方法があると言わんばかりである。
「選ばれし者は、月の神より力を授けられていてな、月がその居場所を指し示している、故に我々であれば探す事は可能」
「なるほど、それで此処の忍びは鏡へと現れたのか」
「その通り。双世の能力があれば、その光を見る事は可能だ」




