崖見の村
多くを語らないが、鬼切を手にするには自然の術で、とても大きな岩戸を開けなければならないようだ。
「なんだ、そういう事だでか。なら問題ねえだな」
すっかり安心しているすずだが、山路は意図的に言葉少なく説明をしているようだ。恐らくすずが怖がる何かがあるのだろう。
「で、鬼切が手に入ったとして、その後は?」
「その後は何一つ心配ない」
鬼切を写し身に持たせてやれば、すべてを理解して鬼の元へと行き、唯一の弱点である角を落すという。角を失った鬼は不死身ではなくなり、写し身に止めを刺されれば塵となる様だ。
「しかしその塵、現世にあっては瘴気が生命に悪影響を及ぼす、故に常世の戸は鬼を仕留めてから閉じるって訳だ」
「なるほどな、その間に妖が入らないように結界を張ったって訳か」
鬼の塵が常世へと入れば、地の術で岩戸を閉めようやく鬼騒動は終いとなるようだ。
「で、元凶の呪師はどう出る?」
「さてな、過去に姿を見せた事は無いと聞いてるがな、だが今回も同じとは限らん。何せ百四十年も前に、偽の書まで用意した位だ、最後の最後まで注意した方が身のためだ」
すべての真実を知れば、一刻も早く鬼を倒すべきである。話はさらに進んだ。
「で、その鬼切は何処に?」
「越前国は山深き禁足地に」
言葉通り足を踏み入れてはならない土地に鬼切は有るようだ。
「往復に要する正確な時は?」
「馬を飛ばし二日と少し」
「その間、あの鬼は大丈夫なのか?」
「縛りは半日で解けるから、おれが間で縛り直す必要がある。お前ら鏡の者には加勢を頼みたい」
「ならば、皆の持ち場を決めるか」
「承知」
呪師に山路が狙われる事は間違いがない。しかも前回の失敗から学び、新たなる手を打って来ることは明白である。ならば守りを厳重にせねば鬼が再び暴れる事となるのだ。
六郎が案内の元、鬼切を取りに行くのは小平太とすず、それに山人と三助が決まり、残りは全員山路の護衛となった。
宿所で朝餉を貰った後、町へと向かえば鬼切を取りに向かう五人は皆に隠され、形代や人の目を避けると密かに京を脱したのである。
少し歩けば、番人の忍びが何気なく近づいた。
「今すぐ郷へ行く、馬を四頭急ぎで頼む」
忍びは目で返事をすれば、何気なく消え去り少しすれば言われた通りに馬を用意し、一行の前へと現れたのである。
小平太の馬にはすずも乗ったのだが、かなりの速度である。これでは馬が持たぬと伝えれば、既に手配は済ませていたようだ。ある程度の距離を行けば、番人の手の者が新たな馬を用意し待って居るらしい。
一行は形代に注意を払いつつ、京をさらに離れれば近淡海の西岸を北上した。
途中で二度、馬を替え近淡海の北岸まで達すれば、そこより東へ向かい美濃国の山中へと入り再び北上を始めたのである。
やがて、陽が沈めば山中で夜明けを待ち、更に山深き険しい山道を進むと標高もかなり上がって来た。道と言うには心許ない荒れ地を進み行けば間もなく、ひっそりと佇む集落へと辿り着いたのである。
「此処が我が郷、崖見村だ」
「崖見か……なるほどな」
六郎の言う通り集落の北側はかなりの高さの崖が切り立っており、集落はそこで行き止まりとなっている。
「すげえ崖だで……」
「先ずは腹拵えだ、案内しよう」
そう言い歩き行けば集落でも一番大きな家屋へと向かった、大集落で言うところの湯屋的な存在であろう。
豆が主食となる朝餉を貰い、腹を満たせば休む間もなく今度は崖へと向かったのである。
「此処よりこの崖の頂を目指す」
「此処を登るのか?」
「ここ以外に道はない」
「だ……どうすんだこれ……」
「風の術が出番だ」
「こんなの、いける気がしねえだで……」
「大丈夫だ、先に登り指示する。安心して術を使うと良い」
六郎を先頭に登り始めれば、小平太は安全を確保したところで止まり、すずに跳ぶよう促した。少し躊躇するも勢い良く跳べば理想的な着地を見せたのである。
「この調子で行くぞ」
「ぷくく、出来ただで、凄いだな」
「先に行っておくが、下は見るなよ」
その瞬間に下を見たようだ。絶叫がこだましていた。
それにしても、この六郎と言う老人、慣れてはいようがこの崖を難なく登ってゆく姿を見れば、まるで天狗のようである。小平太達も登れるには登れるが、あれ程軽快に進む訳にはいくまい。
緩急を繰り返しつつ、かなりの距離を登れば間もなくと言う。最後の大岩を越えればそこには驚くべき光景があった。




