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虚構

 鬼は何かに縛られているかのように身動きが取れず低い唸り声をあげていた。しかしその声は霊力が無いものには一切届かない。


 鬼の周囲を立ち入り禁じとすれば、周囲を神道者と役人が囲った。


「あんたら一体何者だ?」

「鏡の守り人だ」


「それは忍びから聞いて知っているけどよ……世の中には本当に凄え体術を持った忍びが居たんだな、たまげたよ」

「互いにな」


 朝焼けの中、皆で手分けして番人の忍び達に解毒を施すと、手を貸し宿所へと連れて行った。丸一日経てば全快となろう。


 老人の方は六郎と言い、若い方が山路と言った。聞けば九条大路の西の端に開いた常世の戸に結界を張っていたようだが、それは呆れるほどに時間が掛かり、小鬼が鬼となるまでの期間を要したようだ。張り終え小鬼を探せば先ほどの惨劇だったようだ。


「常世の戸あれな、間違いなく呪師の野郎が面倒くせえ細工をしやがったんだ。腹立つぜ」

「しかし、相当な術師と見たぞ。今後も警戒しなくてはならぬ」


 山路と六郎の話を聞いていれば、間もなくして、大禅が姿を見せたところである。


「だっ! 来ただな苦い人! ……おら達を騙しただか、とんでもねえで!」

「先ずは話を聞く……静かにな……」


 すずは両手を振り回し怒っているが、大禅には思い当たる節はないようだ。首を傾げながら番人の正面へと立った。


 当然の事、二人は今に至る経緯を聞き始めた。大禅は驚きを見せるも誠実に対応した。


「で、この鬼の書なるものは一体誰が見つけたのだ?」

「それは一切存じぬが、確かなる者に渡され、私は鏡へと向かった次第にございます」


「その確かなる者とは?」


 大禅の目は揺ぎ無いものであった。


「我が弟、山蝉に」

「今、何処に居る?」


「書を受け取った直後に、弟は死にましてございます」

「直後に死んだ……、……なるほどな、直前の会話を覚えておるか?」


「直前の会話?」


 大禅は少し記憶をたどった後、当時を思い出したように頷いて見せた。


「書を鏡へと届けるよう頼まれたと手渡す故、誰から頼まれたのかと尋ねたところ突然に苦しみ始め」

「なるほど」


 六郎が言うにそれは呪いらしい。探られて困る事を言おうとした場合呪いが発動すると言う。山蝉は渡した相手を言おうとした結果呪いによって死んだ可能性が高いようだ。


「なんと……では山蝉はその目に呪師を見た可能性が……?」

「いや、そこまで警戒しているのだから呪師本人ではあるまい、恐らく全く関係の無い者、しかしそれを追われる可能性を恐れたのだろうな」


「んだか。苦い人も山蝉さんも大変だったんだな……」


 ようやくして、大禅への疑いは晴れた。


 鏡に自然の術者が居る事を知った呪師は策を練った様だ。元々鏡と親交のある大禅であれば疑われ事も無く近づき、鏡の面々も話を聞くだろう。しかも京の一大事となるのだから当然となる。


 何の疑いも無く信じ込み、説明のまま事に及ぶと予想したのだ。それは、危なくも呪師の思惑通りの事態と成り兼ねなかったのである。


「残念だが神道者の中に呪師が紛れ込んでおるようだ、心当たりは何かないか?」


 深く考え込むも見当たらないようだ。


「新参者は一人も無く、皆、遠き昔より神道者である事に間違いもない。確かに若い修行者も居りますが……考え難いと言うのが正直な意見に」

「ならば、それ以外の関係者か……」


「当時、大騒ぎの中で関わった者は数多く、見知りおかない者も多数居たかと存じますが、それらを全て調べるのは不可能にも近いかと」

「丁寧に調べれば尻尾が出よう」


 その間に、鬼の書に目を通していた山路が、それを乱暴に放り投げた。


「これは道雪を語る呪師がその昔、意図して用意したものだろう。事実を並べた上で一番の大事を虚構としてある。しかし、呪師め自然の術をどうやって調べたんだ?」

「調べるのは難しいという事か?」


 自然の術を知るのは番人であり、術者はそれを伝授され知る事となる。しかしその術は他言無用とされ、第三者に語る事は禁じられていると言う。


「禁じられてるとは言え人だ、道雪が喋った可能性もあろう」

「術者は選ばれし者だ、口は堅い」


 皆が一斉にすずを見れば本人は驚愕し後退っていた。


「だ……な、なんだで……皆してその疑いの目は……おらも口さ堅いだでな……余計な事さ言わねえだで……とんでもねえ……」


「まぁ呪師の事だ、形代でも使って盗み覚えたに違いあるまい」


 無論、現時点で大禅も守り人も自然の術の扱いを知っている事から、他言無用を約束すれば、話は進んだ。


「で、虚構とした一番の大事とは?」


 山路はすずを見つめると、首を横に振りそれがどれだけ危険であったのか、話し始めた。


「写し身を鬼へと近づけさせたのは喰わせる為だ。本来、夜間に写し身を鬼へ近づけてはならない」

「なんと……」


 鬼退治をするには日中でなければならなかったようだ。呪師が用意した書にはそれらは当然書かれていなかった。


「夜の鬼は強いからな、写し身は確実に喰われる事となる」

「食われちまうところだっただか……それで嫌がってたんだな……すまねえだな……」


 すずの謝罪に写し身はその場で腰に手をやり何度も頷いて見せた。それはどう見ても怒っている様子である。


「知らぬが当然だが、写し身が喰われれば術者も同じ事、何せ一心同体だからな」

「だ? どういう事だで?」


「写し身が喰われれば、術者であるあんたも一緒に喰われるんだよ、離れていたって関係も無い。がぶりとな!」

「だぁぁぁ! とんでもねえ!」


 写し身が怒っている理由はそこであろう、術者であるすずを案じていたのだ。


「で、まんまと術者《写し身》が喰われれば、鬼は完全体になると言われている」

「完全体とは?」


 今の段階で鬼は夜間であれば恐ろしく強い、しかし日中となれば著しく弱るらしい。


「なるほど、完全体となれば明るさを克服できるという事か」

「そのとおりだ」


 山路はさらに続けた。


「そうなれば、もうどうにもならぬ、この世は地獄となろう、呪師が狙いはそこに有ると遥か昔より云われている」

「この世を地獄にか……その意図は一体……」


「意図までは解らぬが、先ずは鬼切を取りに行かねばならない、護衛少数で旅の用意を急げ」

「何? 鬼切は実在するのか?」


「当然だ、鬼切が無ければどうにもならん」

「おいおい、ちょっと待て。そんな大事な物なんで持ってこなかったんだ?」


 仙吉の指摘は当然と言える。鬼を討つに必需品と言うのであれば持って来て当然である。


「鬼切は自然の術者でない限り手にする事は出来ない、何せ特別な場所に有るからな」

「……、……それ……おらが取りに行くだか……」


「当然そうなる」

「……、……嫌な予感しかしねえ……」


 すずと写し身は同時に身震いをしていた。

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