鬼と龍
三助から報告を受ければ、小平太はすずへと合図を送った。
「したら終わりにするだで」
「襲撃の心配はない、しっかりとな」
間もなく月の光がこぼれ始めれば、少ししてすずの写し身が完成した。光体は己の動作を確認して、すずと向き合えばにっこりと笑って見せた。
「したら鬼さ挨拶に行くだよ、常世さ帰ってくれってな。丁寧に頼むだでな、絶対に怒らせたらなんねえだからな」
すずの言葉に写し身はゆっくりと振り返れば、鬼を見た瞬間にぎょっとした仕草を見せた。一歩二歩、三歩と退くと首を何度も横に振ったのである。
「だ……嫌がってるだな……流石に怖いだかな……んだよな……おらだったら嫌だで、あんなのに近づきたくねえだで……」
今度はすずの言葉に何度も頷き、その通りだと全力で主張していた。
「でも仕方ねえで……挨拶さしねえと鬼さ帰らねえだよ、頼むだで頑張ってな。これ以上人が喰われてはならねえだ」
すずの説得に写し身は衝撃を受けたように後退ると、間もなく項垂れ、とぼとぼと歩き始めたのだが、数歩行けば振り返り、止めてくれるのを待っている様子である。
「可哀そうだども……仕方ねえだでな……頑張って行くだで……おら此処から応援すっからな」
すずの言葉に写し身は諦めた様子で、歩幅を少なく再び歩き始め鬼の元へと向かった。が、またすぐに振り返った。
余程に行きたくないのであろう。
「だ……」
一方で仙吉は出来る限りの全力で、町衆達が住まう屋根上を走り跳んだ。
「死ぬ気で急げっ! 写し身を鬼に近づけるな!」
「早く止めろぉ!」
番人二人の怒声を聞きつつも、此処まで来ればこの声も二人に届くに違いない。
「おすずちゃんっ! 写し身を止めろっ! 行かせるなっ!」
仙吉の緊迫した声に驚いたすずが振り返ると、鬼へと近づいた写し身も大きく跳んで後退したところである。鬼の大きな手が伸びたが、寸でで免れていた。
「ど、どうしたんだ?」
「写し身共々、今すぐそこから離れろっ!」
小平太がすずを抱え素早く後退すれば、写し身も後ろ向きのまま大きく跳ねてすずを追った。間もなくボロを纏った若い男が走りくれば、写し身を目で追う鬼を見据えたのである。
「何故、写し身を知っている!」
「ななな、なんだで? 教わったで知ってるだよ、これさ使わねえと鬼さ常世に帰らねえだでな……そう聞いただ……」
「ふざけやがって!」
「だっ! ふざけてねえ‼」
すずも負けずに怒り返したが、この状況どうも様子がおかしい。目の前の若者は真実を言っている様子であるし、あの鬼は確実に光体を捕えようと手を伸ばしていたのである。
「娘! お前に怒ってはいない! 術を教えた者に怒っている!」
「だ! んだか、それもそうだでな! なんだで苦い人さ!」
「それにしても何かおかしいな、少し後で詳しく聞こう」
「互いに命があったらな」
鬼はゆっくりだが、明らかにこちらへと近づき始めていた。恐らくすずと小平太の姿は見えずとも、写し身である光体の姿が見えるに違いない。
若い男の指示のまま、町人や建物が巻き込まれないように、大通りへと誘導すれば後退り距離をとった。
しかし、朝焼け間近の夜空には新たなる脅威が姿を見せたのであった。
「おい……なんだあれは?」
「形代に違いないが、随分とでかいな……」
それは見ためには龍であったが、紛れもなく龍神ではなく呪師が作り出した形代であった。
龍神と思わせておき油断させた所で、襲い掛かる算段なのだろう。
「鏡の護符があるとは夢にも思うまい、正体は丸見えだ」
守り人は其々に手ごろな石を拾えば、すずと共に一斉に放ったのである。無論、写し身の飛礫も凄まじい速度で形代に命中している。
飛礫によって崩された箇所は難無く修正している事から、かなりの数の形代が集合体となっているようだ。
「おいおい、狙ってきているぞ」
「その様だ、皆触れるなよ」
触れれば呪いが掛かる可能性が高い、ならば一行は飛礫を放ちつつも回避行動をとった。
「おい! あんたら、全力であの龍から俺を守れ! 俺は鬼を止める!」
「鬼を止められるのか?」
「あぁ! 止めるだけならな!」
その頃には守り人全員が近くに集まっていた。次々に飛礫を放てば、龍はいよいよ姿を崩し始めていった。落ちた紙札を道忠と時貞が解呪をしているから、身体の再生がままならないのだ。
「捨ての当て身をして来るようだ」
「面白いじゃぁねえか」
「おい、鬼止め。聞いてるか」
「あぁ? 何だよ! 集中してんだからよ!」
「龍は心配ない、全力で鬼を止めろ」
「っかぁ! いいねぇ、あんたらさっきから思ってたが、普通じゃねえな! 助かったぜ! ならば全力で止める!」
龍は身体をくねらせ一行に体当たりを試みるも、多方向からの大量の飛礫によって体を崩し、とうとうバラバラと地へと落ちたのであった。
道忠と時貞が素早く解呪し歩けば、形代が燃え始めた。此処まで崩れればもう修正は叶わないようだ。鬼の方も、若い男の術により動きが止まれば、まるで何かに縛り付けられているかのように見えた。




