たいらのみやこ
京に近づく程に人の数も増えて来る。間もなく賀茂川の橋を渡れば、そこには役人が立ち通行人の列が出来ていた。京の関所である。
「ほう、これが話に聞く関と言うものか」
「いかにも」
京へと入る為には必ず各街道に設けられた関所を通り関銭を払う必要がある。一行は近江から続く街道の関所に来たところであった。
大禅が一行の目的を告げれば、初老の役人の案内で先を進んだ。どうやら関銭は免除らしい。間もなく一行は歩きつつ周囲を眺め感心する事となった。
「凄いだな……道がずっと真っすぐだでな……、……」
「すべての道が規則正しく交差してございます、言うならば碁盤の目と言われております」
「こうさ……ごばんのめ……何だでそれ」
「規則正しく縦横に真っ直ぐに道が整備されているという事ですよ」
道忠の説明に首を傾げれば、周囲を観察し納得した表情である。
しかし、現状の京は先の大乱で戦地となった事で多くの建物を消失し、現在もその復興途中だという。被害を免れた寺院や屋敷もちらほらと建っているが、その多くは新たに建て直したか、修繕したものに違いはない。
故に、京では町衆が中心となり、現在も多くの人々が再建に関わっているという。
「当時の建物の損失は計り知れず、京の面影と言えばこの規則正しき通りと一部の建造物だけにございます……町衆の協力もあって今ではある程度のところ復興したとは言うものの、それはこの周辺のみに」
「まさか京が戦地となろうとはな」
「たいらのみやこと呼ばれておりましただけに、残念でなりません」
「たいらのみやこ?」
聞けば今より七百年前、遷都したばかりの長岡京が災い続きであった為、平らで安らかな京であってほしいとの願いを込め『たいらのみやこ』としたらしい。
「ところで、その長岡京では何故災害が続いたのだ?」
度重なる飢饉と疫病それに洪水、さらに帝の周囲で相次ぐ不審死と、前例が無い程に不幸が重なり、それらの要因が怨霊であると言われたという。
「……だ! 怨霊! ……まただ……」
「大昔の話だ、問題ない」
「んだか」
そもそも平城京から、長岡京へと遷都されたのはいくつか理由があったようだ。
先ずは権力を持ち始めた寺院と貴族たちの存在であった。政に大きく関わり何事にも物言いをされれば妨げとなる。
そしてもう一つの理由が物資の移送問題と、汚水の処理である。陸路のみでは輸送量も限られ何かと不便さが際立っていたし、汚水に関して言えば極めて不衛生な状況となっていたのである。
故に新たな都を計画するに当たっては、水路の多い地としたのである。長岡京はそれらの悩みから解放され何事も円滑に進むと考えられていたようだ。
「その地に怨霊が居たのか?」
「いいえ、土地とは関係も無く、重大事の末に怨霊が現れてしまったとの噂にございます」
長岡京の計画と遷都に大きく関わった帝の右腕が、遷都の反対派によって暗殺された事がすべての始まりであったという。
あってはならない暗殺に関わった、または実行したとして、多くの寺院の関係者と貴族が捕らえられたのだが、寺院との関係が深いと言われていた帝の実弟までもが疑われ、捕らえられたのである。
「それは、相当な重大事だな」
無論、事件への関与を否定し無実を訴えたが、聞き入れてもらえる事は無かった。故に身の潔白を示そうと一切の飲食を絶ち、無念の中で絶命したのである。
しかしそれでも疑いは晴れず、帝との血筋さえ剥奪されたまま、亡骸は遠く淡路へと流されてしまったのであった。
それ以来、京では不自然すぎる程に不幸が続き、飢饉それに疫病に洪水、帝の身内の不幸と相次いだ、それは無念の死を遂げた早良親王の怨霊に違いないと大騒ぎになったようだ。
「恐らくはそれと思しき事態が他にも多くあったのかと。でなければ僅か十年で新たに遷都しようなど考える訳もないと言われております」
「確かにな」
「とんでもねえ」
それで、再び遷都した先が此の、平安京であった。陰陽道によって選びに選び抜いたこの地に完璧に計画されつくられたようだ。




