悲しみの末に
「なぁ草介!」
「えへへ……」
「‼ そ、草介……おまえ何故……」
「えへへ」
「えへへじゃねえんだよこの馬鹿が! 眠り薬はどうした! 茶に混ぜろと言ったじゃねえか!」
「……薬無くしちまって……えへへ」
「使えねえ野郎だな全くよ、此処の主人は良くお前みたいな馬鹿を雇ったもんだ」
屋敷脇より草介が姿を現すのを見て、幸は落胆に地を見たまま動けずに居た。内部に賊と通じる者が居るなど、夢にも思っていなかったのである。
「ところでこいつよ、俺らに刃向かい抵抗してきた仲間だった男を殺したんだぜ、あんたを抱きたい一心でな、いやぁ薄情だねぇ。ってか色が強すぎて情も何も、はなっからねえのかもな」
「なんと! お前! 一体誰を!」
「えへへ鈴丸の野郎さ、あいつ前から気に入らなかったんだ。馬鹿みてえに正義感が強くてさ。だから何度も刺してやったよ、そしたらあいつ、幸様お逃げくださいなんて言ってんだ。馬鹿だよな、俺に言っても仕方ねえのにさ」
「いやぁぁぁ!」
「お前……本当に呆れるほどに馬鹿だな……まぁ良いけどよ」
「えへへ、そんな事より早く始めましょうよ……おれもう、想像しただけでこんなんだよ……もう我慢の限界が……ぐっ!」
言い終わる前に賊の蹴りが腹部に入り、嘔吐をしていた。
草介の表情など見たくもない、その強い思いが見て取れた。手元が小さく震えているのは恐怖心からではない、言いようの無い怒りと絶望からであろう。
腕をとられ立たされると、屋敷へと引きずり上げられれば、乱暴に投げ捨てられた。幸は必死に逃げようとするもどうにもならない。
「逃げられる訳ねえだろうが、不運だったと諦めな」
衿を掴まれ再び転がされれば、幾ら抵抗したところで敵う訳も無い。
必死に抵抗しても無駄であった。苦悶の末にすべてを奪われた瞬間、頬を伝って涙が流れたのだろう、天井が霞んで止まなかった。
その後の抵抗も虚しく、吐き気が止まらぬほどに歪み切った男共の欲望に汚されてゆく中で、当たり前であった日々の思い出が音を立てて崩れ行ったのだろう、もはや視点は何処に合う訳でも無く、只ただ天井を見ているだけであった。
しかし、すべてを諦めかけた幸にも反撃の機会が訪れたのである。賊の命令で草介が酒を取りに行き、もう一人の賊も小用を足しにその場を離れれば、残った一人は幸に背を向け背伸びをしていた。
幸は悟られぬ様、乱雑に捨て置いてある刀をそっと抜くと、後ろから男の口を抑え、首元に刃を当て力の限り引き切ったのであった。
無論、血飛沫は酷い。切り口を押さえ倒れているが、尚も血が飛散し周囲を染めていった。こうなる前であればこの現状に腰を抜かし、何もできなかったかもしれないが今は違う。
急ぎ衝立に身を潜ませれば、呑気に口笛を吹きながら戻り来る賊の背後に寄り、背中を何度も突き刺したのである。
驚き振り返れば幸の顔を見て目を見開いていたが、間もなく腰が抜けたように尻をつくと、そのままうつ伏せに倒れ息絶えた。
「あぁぁぁ! うわぁぁぁ!」
悲鳴を上げたのは草介である。全身に返り血を浴びた幸の姿に腰を抜かし、その場に失禁すれば何も出来ずに手の力だけで後退を続けた。
「ひぃぃぃ! あわわわわ! 待って! 待って! 謝るから!」
「死して詫びたとて許しまじき事、獣以下のくずが地獄へ堕ちろ」
「ひぃぃぃ!」
何度も刺し絶叫を聞くも尚刺した。それ程の事である。全てが終われば幸は刀を捨て、全裸のまま庭へと出た。
間もなく一人の下働きの亡骸に手を添え抱えれば、頬を寄せ涙を流した。
「すまぬ……伝助、この通りだ、すまぬ……私の所為でこんな事に……」
その後も切り殺された由吉と作太郎の元に行き同じように詫びれば、鈴丸の亡骸を探し歩いた。
屋敷の脇を通り自分が逃げた逆方向を歩き探せば、鈴丸は離れの傍の灯篭の脇で倒れていた。見ればまだ息があるように見えた。
「鈴丸! お前!」
走り寄れば鈴丸は虫の息で生きていた、刀の扱いも人体の構造も知らない草介の犯行ゆえ、死なずに居たのである。
「……、……、うぅ……」
「鈴丸!」
「幸様……、申し訳……ご、ざいま……せん……」
「良い、お前たちは充分に尽くしてくれた! もう何も言うな傷に障る。もう少しすれば屋敷の皆が戻るからな、頑張れよ」
鈴丸は首を横に振った。もう命の炎は消えかかっていたのである。
「さ、幸さま……そ、そうすけに……ご注意を……あ、あやつは……」
「心配ない、すべて終わったぞ」
鈴丸は驚いた表情となったが、すぐさま笑顔を見せた。恐らく目は見えていないのだろう、幸が全裸で返り血を浴びている事にさえ気づいていない様子である。
「幸さま……とにかく……ご、ご無事で……な……によりに……ご……ざい」
「鈴丸……? ……す、鈴丸! 鈴丸!」
幸は井戸へと向かい返り血を含め、表面上の汚れをその場に洗い流し身を清めた。静かに歩き屋敷へと上がれば替えの小袖に身を包み、母の形見となる笛と香を用意すれば、懐剣を懐へと収めたのである。




