鬼が出た
大集落では収穫に大賑わいである。その日も守り人達は皆と一緒に汗を流していた。
「へぇっ! へぇぇっ……、へぇっっ! っぐしっ!」
「大丈夫かい? 小豆の鞘埃でも吸っちゃったか?」
山人が心配する程に、すずはくしゃみを連発していた。
「……何だでな……、止まらねえだで……それになんか嫌な予感もするだ……」
「その予感、気のせいでは無いかも知れんぞ」
「だ?」
「ほれ」
駆け来る馬には道忠の姿があった、余程に急いでいるのは誰の目にも明らかである。
「小平太様!」
「……道忠様だで、わざわざ馬で来ただな……何かあるだか……」
「確実にな」
小平太をはじめ守り人達は昨日から、いかにも土地勘のない忍びが、すずとこの周囲を探っている事を察知していた。そこに来て今、道忠が慌ただしく大集落へと来たのだから中々の問題が起きた事は想像がつく。
小平太と山人、それにすずが出迎えれば、道忠は馬を降り三人の顔を交互に見ていた。その表情は何処か重大でありながらも、溢れんばかりの好奇心に満ちたものである。
「急ぎ守り人の皆さんをお集め下さい、社殿にて重要なお話がございます」
「……、……とんでもねえ……何かあっただな……?」
「はい、たった今聞いたのですが、京に鬼が出ました」
「ほう」
「へぇ、それは凄いな」
「……、……みやこに……おに……?」
すずは素っ頓狂な表情で道忠を見ていたが、聞き間違えたのかと思ったのだろう、首を傾げ聞き返した。
「……今、鬼って言っただか?」
「はい、鬼と申しました」
「だっ! ほんとに出ただか!」
小平太が指笛を吹けば方々に散っていた守り人達が何気なく歩き集結した。それは監視している忍びから見れば何も不自然な事は無い。
「皆、聞いてくれ。京に鬼が出たらしい、詳しい話を聞きにこれより社殿へ向かう」
「死人の次は鬼か……しかも今度は何か複雑な事情が絡んでいるようだ」
「そのようだな」
口元を何気なく隠した佐一と真三がそう言えば、道忠は小平太に説明を求めた。
「何故そのような事が解るのですか?」
「土地勘のない何処ぞの忍びが、先日より潜み監視を」
「何故忍びが?」
「間違いなく鬼と関係があるものと」
中々巧妙に身を潜めている事からも、その忍び相当な鍛錬を積んできたに違いない。
「しかし大厄災が終わって間もねえのに、今度は鬼と戦うだか……皆も大変だな。したらおらは手伝いに戻るだよ。帰ったら話さ聞かせてな」
当然自分には関係ないと考えたすずは、一人手伝いに戻ろうとしていたが、それを道忠が止めていた。
「おっとっと、おすずちゃんも一緒に」
「なんでだ? おら今回は役に立ちそうもねえだで?」
道忠は言葉を選んでいるようだが、間もなく笑顔を見せれば堂々とすずを見据えた。
「おすずちゃんも守り人の一人ですよ。それに特殊な術も使えれば、精霊さえ見る事が出来るのですから、必ず今回の鬼退治でも必要とされる筈ですよ」
道忠のその言葉にはお呪いのような効果があった様だ。振り返ったすずの顔はほころび嬉しそうである。
「んだか……まぁ、そうだで。考えてみればおらも守り人だでな。畑仕事途中だけど仕方ねえだな、聞きに行くだか……ぷくく、おらも守り人の一人だでな」
嫌な予感と鬼の存在は頭から消えてしまったに違いない。頼られた事が嬉し過ぎたようで、満面の笑みであった。
そんな表情のすずを見つけた藤十郎が近づき来れば、何事だと言わんばかりに輪の中へと入った。
「何か楽しい事でもあったのか?」
「これから社殿へと行くのだが、藤十郎殿もどうだ? 面白い話が聞けるぞ」
「面白い話とな?」
「京さ鬼が出ただで、詳しい話さ聞きに行くところだよ」
「なんと? 鬼と申したか?」
「んだ、鬼って言っただ」