賊の狙い
すずと大禅を残し全員が立ち上がれば、戸外の状況を見て流石に驚いていた。間もなくして人魂が形を変え人型となれば、死した時の様相で建物へと近づいて来たのである。その数は優に百を超えた。
「おいおい、これはまた圧巻だな……ってか、どうやって戦えば良いんだこれ……」
「全てこの怨霊に殺された者たちだ。それとこれらに、忍びの技や術は通じない、我らに任せるが良いぞ。道忠良いな一度に祓うぞ、一の祓だ」
「はい」
両腕を広げ勢いよく開手を打てば、それが鏡の一の払いである。その辺の死霊などであれば一の祓を、厄介な悪霊となれば二の祓を使う、三の祓は特に危険な力を持つ祟りや怨霊に使うのである。
二人が大きな開手を打った事で、霊たちは弾ける様に消えてなくなり、周囲は少し暗さを取り戻したのである。
「さて怨霊よ。お前さん幸と言う名があったのか」
「黙れ!」
「生前はさぞや美しかったであろうに、何故怨霊になどなったのだ?」
その瞬間、森が赤と黄色に染まった美しい景色が時貞に見えた。気配を消した道忠が怨霊の背後に行き、手をあてがっていたのである。
「ほう、これは見事な紅葉だ。屋敷からの眺めも、さぞや素晴らしかったであろうな」
「ぐっ!」
道忠の霊力により、怨霊はその場に動けず障りをつくる事も出来ずに捕らわれたのである。後は問えば怨霊と言えど過去を思い出し二人に見せる事となる。
燃えるような紅葉を屋敷より眺めつつ笛を吹いていた。幸福を絵に描いたように安らかな心持であろう。
「幸様、茶をどうぞ」
「草介いつもありがとう」
「えへへ」
茶碗を両手に取って間もなく前庭が騒がしくなったのだが、聞けば何やら物騒のようだ。何事かと茶碗を置き立ち上がれば、同時に鈴丸が血相を変えて走りやって来たのである。
「幸様っ! 賊です! 今すぐお逃げ下さい!」
「え? 賊? 一体何処へ逃げろと言うの?」
娘がそう問うたと同時に、表の庭では断末魔の叫びが響き渡ったのである。間違いなく此処の下働きである未だ若き男たちである。
慌てて立ち上がり素足のまま外へ降り立つと屋敷の脇を走り抜けた。
「幸様、このまま森の奥へ! ならば身を隠す場所もございます!」
「鈴丸! おまえは?」
「私は、囮に! 幸様必ずご無事で!」
「いけない! 鈴丸! 行くな!」
聞き入れる訳も無く、鈴丸は叫び走り幸とは逆の方へ走ったのである。
幸は走った、鈴丸に言われた通り森を懸命に走ったのである。
ドン!
「きゃぁっ!」
ズササッ!
後ろから飛び掛かられ勢いよく地に伏せば、衿を引き上げられ顔を上げさせられたのである。
「ちっ! あの野郎、簡単な仕事さえまともに出来ねえとはどうなってんだ! もう少しで逃げられる所だったじゃねえかよ!」
「しかし、聞いてた以上に上物だ、良しとしろや」
「ちっ」
屋敷へと連れ戻されれば、その後の処遇は想像がつこう。出来る限り抵抗し何とか逃げようと試みるも、男二人の力に敵う訳も無かった。
「鷹狩に行ったんだってな、まだまだ帰っては来やしねえよ、たっぷり楽しもうぞ。この屋敷には食い物も酒も揃ってるようだしな」
屋敷の武人達が留守にしている事など、余所に漏れる筈も無い。ならば賊はどうして知っていると言うのか。
「賊が何故そのような事を!」
「ここの下働きが教えてくれたんだよ。幸様を抱けるのなら仲間になりてえってな」
「まさか! そんなっ!」
血の気が引くとはこういう事なのかと、身を以て知った瞬間であった。血が引きすぎて、ふらりと意識が遠のいたのである。
「俺なんかじゃ一生抱けやしねえってよ、あんたの身体に悶々してたらしいぜ。で、あんた、家臣の中澤忠興って男の元に嫁ぐんだって? 絶対に許せねえって言ってたぞ」
驚き固まる幸を眺め見る賊の笑みは、吐き気を覚えるほどに酷いものであった。




