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小さな祠

 間違いなく忍びが扱う幻惑の類ではない。しかも少なくても視覚に聴覚それに臭覚にさえ違和感があった。


「奴らは人の感覚を奪い、都合の良いものに置き換え人を騙す、此処は先ず出方を見よう。で、その前に一つ……」


 障りを弱めて現実を知るには肉体的感覚ではなく、霊的感覚を強める必要があるという。守り人は皆、霊力が高いがその使い方を知らない。故に時貞は親指程の大きさの護符を取り出せば、小筆で以て目と思わしき印を描き、大禅とすず以外の皆に配った。


「これは?」

「霊視を可能とする護符だ。懐に入れておき、それに集中すれば現実を見る事が可能となる」

「承知」


「に、苦い人とおらの分はねえだか……? 無くて平気だか……?」

「現実を知らぬ方が良き時もある」


「そういう事だか……徳蔵さんにも教わっただでな……おらいらねえ」

「それが良い、ところでおすず、これから会う者に精霊が見えなくとも驚くでないぞ。一切知らぬふりをするのだ、出来るな?」


「……わ、わかっただ……」


 一行はさらに進み行けば、笛の音も徐々に近付き、上品な香の薫りさえも漂い始めた。間もなく中々にして立派な屋敷が目に入れば、進みを止める事無く其処へと向かった。


「あれ? 全然廃屋なんかでねえ立派なお屋敷だでな、水売りの人さ何か勘違いしてたんでねえかな」

「なるほど中々のものだ」


「へぇぇ、これは凄いな」

「そこまで感心するようなものでもねえような気もするけど……」


 目の前の屋敷は見た目には廃屋などではなく立派な佇まいであった。庭も手入れが行き届き、可憐な桔梗や竜胆など秋の花が目を惹いた。


「おとぎの国みてえだで……」

「本当だな」


 すずは笛の音と香に酔っており、廃屋と荒れ果てた庭を見て関心しているのだが、守り人達は全員が、幻と現実の両方の景色を見ていた。


 一行は笛の音を頼りに屋敷を後にすれば、小道ではなく森の中を進んだ。間もなく見えてきたのは見事な山もみじの根元に腰を下ろし、笛を奏でる若い娘の姿であった。


 娘は一行の姿に笛を静かに膝元に置けば、何事かと言わんばかりに驚き皆を見ていた。


「だっ! ……、……う、美しい人だで……た、た、た、たまげただな……、……」

「まぁ、こんなに可愛らしい娘さんにそう言って頂けるなんてうれしい」


 時貞に忠告されていたのだが、精霊が居ない事に驚いてしまうのは仕方も無い。目の前で笑顔を見せている女性は紛れもなく悪霊なのだ。


「だ……あだ……あだ……、……き、気にしねえでな……ぜ、全然気にしねえでな、出来るなら忘れちまった方が良いだでな……」


 笑顔を見せて、静かに立ち上がったその背後には小さな祠があり、竜胆が供えられていた。悪霊ながらも祠と花を愛でるとは中々稀有と言えよう。


「大切なひと時を邪魔してしまい申し訳ない。笛の音があまりにも美しく、ついつい耳を頼りに追ってきてしまった。許して欲しい」

「まぁ、斯様に褒められてはお恥ずかしい限りにございます」


「世辞ではござらんぞ、ところで……その祠は?」


 娘は足元の祠に目をやれば、涼しい笑顔を見せた。


「この美しいもみじの木を祀ったと聞いております」

「なるほど……で、その竜胆は、そなたが?」


「いいえ、これは毎朝早くに供えて下さる方がございまして、今朝も」

「ほう、そのお人は余程にこのもみじか、その場所に思い入れがあると見える」


 時貞の言葉に娘はゆっくりと頷き、竜胆を眺めていた。


「ところで、このような森の奥、何用が?」

「日暮れが近いゆえ、森の中で泊まり支度をと思ったところ、この通りという訳だ」


「まぁ、では私が皆様方を呼んでしまったのですね」

「そういう事になるかの」


 年の頃で十七、八歳だろう。艶の良い黒髪に美しくも可愛らしい目鼻立ちが人目を引こう。背格好は人並みで、小奇麗にしている淡い色合いの小袖が良く似合っている。が、現実を見て見れば眉を顰めるばかりであった。


「我らからすれば、素晴らしき笛を聞かせて頂いた。誠良い出会いと確信致す」

「嬉しい限りにございます」


「ところで此処は何方のお屋敷か? ま、聞いたところで余所者の我らには判らぬのだが、佇まいがあまりにも美しいものだから気になってな」


 娘は顔色を変える事無く笑顔さえも崩さなかった。


「失礼ながら名を申し上げる事は控えさせていただきたく存じます」

「そうか、そうか、それもそうだ、こちらこそ大変失礼した」


 娘は一層申し訳なさそうに頭を下げれば、何か思いついたように笑顔を見せたのである。


「先ほど、森の中で泊まり支度をと申されておりましたが、よろしければ屋敷の離れがございます。手狭ではございましょうがお使いください。夜露にお身体を冷やしては後に障りましょう」

「それは有難い! ……いや、しかし迷惑になるのでは?」


 娘は小さく微笑み否定すれば「是非にとも」と言い案内するべく歩きだした。


「実を言うと、明日の昼までこの屋敷には私しか居ないのです、拝見したところ神職の方々であれば私も安心して一夜を過ごせましょう」

「何故、不用心にも娘様がお一人で?」


 清楚としか言いようのない立ち姿で立ち止まり振り返れば、少し困った表情を見せていた。


「実は此処の主は私の兄なのですが、今朝、城主より急な呼びたてがございまして、配下ともども急ぎ此処を発ったところにございます……」


 そう言われて地面を見れば、馬の蹄や人間の足跡が幾つも見受けられた。


「なるほど。ではお言葉に甘えさせて頂きましょう、無論不審者が来ればお守り致す」


 娘は涼し気な笑顔を見せれば、お辞儀をして見せた。

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