霧の中の船
元々霊力を持ち合わせていなかった守り人達だが、あの大厄災を経験した事により、鏡の二人と同等の霊力を備えていた。無論、すずも同じである。
こちら側全員が異変に気付き目を凝らしていれば、海賊の内の数人がその様子に振り返った。
「うおっ! 頭! 奴らだ!」
「何だと! くそっ!」
「ん? 奴らとはなんだ?」
「うるせえっ! 皆急げ! 全力で逃げるぞ!」
海賊たちの慌てぶりは穏やかではなかった。こちらの船へと乗り込んで来た男たちは急ぎ戻れば、霧から逃げようと、切り傷一つない帆を一気に上げ残りの者達は一斉に櫂を漕いだ。
「おいおい船頭、我々を置いて行くのか?」
「当たり前だ! 後で金目のものだけ回収してやるから、せいぜい楽しめ!」
「我々と居たほうが安全と思うが」
「けっ! んな訳あるか!」
一気に霧に包まれれば、間もなく一艘の船が近づいて来た。それはゆっくりとこちら側の船へと横付けすれば、怨念たちが一斉にこちらを見つめたのである。
「だっ! 出たっ!」
「何か言いたげのようだぞ」
「そうですね、話を聞いてみましょう」
一方で急ぎ霧から離れた海賊たちは、守り人達が乗る船の方角を眺めていた。
「霧に包まれちまって何も見えねえな、ありゃあ終わりだ」
「今頃、地獄を見ているに違いねえ」
「おぉ怖っ!」
霧を見ただけで逃げ出したこの海賊たちは、霧の正体を知っていた。いや、正確に言えば恐ろしい体験をしており、寸で逃げ延びればそれ以来六年にも渡り、霧を避けて航行していたのである。
しばらくして霧が晴れれば、海賊たちは守り人達が乗る船へと戻り始めた。慎重に近づき観察するも、馬以外全員が倒れていたのである。
「やっぱりな、馬以外全員死んだみてえだぞ」
「早いとこ、金目のもの積み込むぞ」
「おう!」
「懐も全部探れよ!」
間もなく横付けし船を固定すれば、海賊たちはこちら側へと乗り込みかけた、その時であった。
周囲が突然に真っ白な霧に包まれれば海賊の船横に突如として怨念が乗った船が着いたのである。
「な! 何だこれは!」
「いきなり何だってんだ!」
そこに来て、こっちでは守り人達が突然起き上がったものだから、賊たちは訳が解らず困惑するばかりである。
「こりゃぁ一体どういう事った……」
「この者達の無念を晴らす為に手を貸したまでだ、言っておくがお前たち唯では済まぬぞ、ほれ良くと見て見ろ、顔に覚えがあろうが」
「何っ!」
「頭……この亡霊って……もしや」
「……、……」
怨念は、この海賊達に沈められた人々であった。
怨念を晴らそうと、賊たちの船を追い六年も浮遊していたようだが、上手い事逃げられ今日に至った様だ。
「故にな、霧が見えないように術を掛けたのだよ、上手い事いったようだ」
「何だと!」
「怨念は晴れるし、悪党はこの世を去る。良い事尽くしではないか?」
「くそが! 余計な事してんじゃねえ!」
海賊たちは、慌てて自分たちの船へと戻れば急ぎ逃げようと試みたのだが、どういう訳か全く進まないのである。
「おい! 何してる! 急げっ!」
「う! 動かねえっ!」
水面を見れば数えきれないほどの手が伸び、海賊たちの船を捕まえていた。間もなくすれば、怨念の船は青白い靄へと変わり、海賊たちの船を覆いつくしたのである。
「うわぁぁぁあ! やめろぉぉぉお!」
「悪かった! 本当に悪かった! だから来るな! あぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁあぁああぁ!」
海賊たちの恐怖に怯える悲鳴に、すずは耳を塞ぎ他の皆は顔を顰めていた。あっという間に終わるのであれば未だ良かっただろうが、海賊たちの恐怖はしばらくの間続いたのである。
「と、とんでもねえ……」
「それ程に恨みが深いって事だ」
間もなくして霧が晴れれば海賊たちの船上には、恐怖のどん底を味わった海賊たちの遺体が重なっていた。
「恨みも晴れたようだな、これで二度と出て来る事はあるまい」
時貞の合図に真三が帆を張れば、船は目的地へと向けて風に乗った。しばらく進めば船着き場が見えてきた所である。
「陸路を来る忍びは今頃、悪態付きながら全力で走っておろうな」
「それでも追いつく事は不可能かと」
間もなくして船を降りれば、一行は大禅の案内の元、京へと通じる道を進んだ。無論、後を追う忍びの姿はない。




