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船頭の正体

 近淡海(琵琶湖)畔まで来れば、流石に多くの人が行き交い賑やかとなった。


「だぁぁぁ……凄いだな、色んなものがあるだで」

「道具屋に魚屋、布地まであるな」


 感心して見て歩いているが、少し前から忍びとは別に一行の後をつけ様子を伺っている男が居る事は全員が察知していた。それは興味本位や店へと誘い込むと言った類ではなく、明らかに探っている感じである。


 やがて、急ぎ足で一行の先頭までくれば、腰を低く構えつつ愛想笑いを浮かべて見せたのだが、その人相は明らかに悪人のものであった。


「皆々様、どちらまでお出かけで?」

「京まで行くところだが、何か用か?」


 男の目は光り、にやりと口角が上がったのを当然全員が目にしていた。一行を見れば神職者と従者に違いないし、これ程の従者を従えている事からもかなりの金子を所持していると考えているに違いない。


「実はあっし、中々大きな船の船頭をやってまして、良かったら使ってくれねえかと、声を掛けさせてもらったんです」

「なるほどな船か、歩くより余ほど速そうだな、馬も乗れるのか?」


「もちろんです、そうでなければお声など掛けませんて」


 調子よく両手の掌を擦り合わせつつ、愛想笑いを欠かさなかった。


「そうか、で、船賃は如何ほどか?」

「普段はお一人十三文ですが、今回は人数も多いんで全員で百三十文……いや、馬の分も入れてと……それに荷物も……んー……百五十文でどうです?」


「ほう、随分安くしたな」

「それだけ頂ければ十分です」

「そうか、なら頼もう」


 時貞には何か思うところがあるに違いも無い。小平太に笑顔を見せれば、懐より金子の袋を取り出したのである。


「前払いか?」

「いやいや、下船の時で結構ですよ。それにこんな所で金子袋取り出して前払いなんて言ってたら、あくどい商人に騙されますよ、気いつけてくださいな」


 善人を装っているがどの角度から見ても悪党に違いない。道忠を見てみれば、この男の本音を読んでいるようであった。


「そうか、勉強になる」

「では準備してきます、ここらで見物でもしてて下さいな。おっと、くれぐれもその金子の袋は懐深くにしまっておいてくださいよ」


「そうか、判った」

「では後程」


「本当に船頭の様ですが、海賊です」

「かいぞくってなんだで?」


「船に乗った盗賊だ、我らを沖合まで連れて行き事に及ぶのだろう」

「とんでもねえ……船の上だで逃げられねえだな」


「仲間の船とそれなりの人数が集まるようです」

「金品を奪い人は沈める、ならば足も付かず堂々と船頭をやっていられるって訳か」


 四半時も掛からず、船頭が一行の元へと駆けつけた。


「お待っとさんです」

「では、参ろうか」


「ところで、その荷物なんです?」

 

 それ等は薬師の道具一式や、刀に食料品などである。


「あぁ、これは奉納する為の品々と金品だ、しかしそうは重くはない、荷車一台で人三人程度だ」 


 三人分の重さの金目のものが二つもあると聞いて男は明らかに目を輝かせていた。


「そうですか」

「心配ない我々で積む故な。ところで船頭、この仕事はもう長いのか?」


「ええ、おかげさんで、代替わりして十年ってところで」

「そうか」


 ならば、被害者もかなりの数に上るに違いない、主に金のありそうな旅人や行商人を狙うから足は付かないし、広大な水上ゆえ目撃者も無いのだ。


 船着き場まで来れば、もう一艘の船は先に出航したようで、数町先を風をつかまえて航行していた。


 全員が乗り込み桟橋から離れれば早くも風を掴み湖上を進み沖合へと出た、間もなく人目が無くなれば、先行していた船が少し先で停泊していた。


「おや……何かあったか……?」


 あからさまに白々しい言葉である、心配しながら船を着け仲間をこちらに送り込むつもりであろう、帆を半分ほど下げ静かに船を寄せればいよいよである。


「おぉい、どうした?」

「いやぁ、帆が切れてよ、使い物にならねえんだ。こっちの客そっちに乗せて貰えねえか?」


「そら困ったときはお互い様だ、皆さんどうでしょう?」

「勿論、構わぬぞ」


「ありがてえ」


 船と船を横付けすれば、離れないよう縄で固定したのである、間もなくして刀を手にした男たちが、次々と乗り込んできたところであった。


「悪いがこういうこった。大人しく懐の金をよこしてもらおうか」

「なるほど、此処なら誰の目にも触れずに悪事が可能という訳だ」


 そう言いつつ周囲を見渡せば漁師の小船さえなく、完璧な犯行現場と言えよう、此処なら目撃者が出て来る訳もない。


 一方で、驚き慌てる気配さえない一行に、船頭も男たちも表情を曇らせていた。


「あ? こうなる事知ってたって言いてえのか? あ?」

「勿論だ。ほれ、その石は死体が浮かばない様に抱かせるつもりだろう」


「あらま、それも知ってたってか? こいつはおもしれえじゃねえか!」


 海賊たちは未だ誰も気付いていないようだが、その背後には只ならぬ怪しい霧が発生していた。

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