飛礫の威力
屋敷の者も噂には聞いていたようだが、曽我の若き姫をその目にすれば、美しいだけではなく、華やかで気品溢れるその姿に驚き、屋敷内は少し騒然となったようだ。
所作に関しても非の打ちどころが無く、完璧と言える。故に門脇の側室たちは己の立場を案じ一様に慄いていたと、屋敷中に噂が広がった程である。
無論、若くも無い正室からしても、その姫の登場は脅威でしかなかった。
若さを求めて側室と床を共にする事は仕方なしと、心得てはいたものの、目を見張る程に美しく、あれ程に気品さえもあれば、殿の心がいとも容易く自分から離れてしまう事は想像がつく。
対面し、挨拶を交わす最中、正室のまつは袖で顔の半分を隠したのだが、姫を見つめるその目には、恐ろしく黒い毒棘が見て取れたらしい。
故にまつは、自分に従順な手の者を秘密裏に動かしたのである。こうして執拗な嫌がらせと、見るに堪えない苛めが始まったのだ。
「なるほどな、正室の仕業であったか」
「我々も耐え凌ぐ以外に策も無く」
「で、事が更に動いたか?」
「ええ、姫の暗殺未遂が立て続けに起きましてございます」
騒動を聞きつけた門脇は当然ながら怒り、犯人を必ず捕まえるよう命じたようだが、正室の力は強くもみ消されるばかりである。度重なる不審に門脇氏は仕方なく姫に暇を与えたのである。
「おいおい、もう犯人は見えていただろうに」
「正室の生家との利害関係が大きく影響したように思われます。無論、曽我との関係もある故、姫の身に何か起きる前に措置をとったものと」
「なるほどな。で、今に至ると」
「はい」
「しかし何故、門脇殿は護衛を付けなかったのか……予測がつく筈だぞ」
「護衛のもと翌日に出立と決まっておりましたが、屋敷より殿が去って間もなく、奇襲を受けまして、急ぎ逃げ延びた所にございます」
「正室め、余程に僻んだようだ」
「我々の目から見ても異常な有様で、既に心の内は人ではなく妖かと、しかも、時より見せる表情は鬼女としか言いようのない酷いものにございました」
「醜いものだ」
「とんでもねえ……」
追手から姫を守る為、侍女が提案で召し物を変えれば、それが吉と出たようで、弓手に侍女が射抜かれるも姫は事なきを得たと言う。
「わたくしの身代わりとなり……おちよが……埋葬さえしてやれずに……」
「その様な状況なれば、仕方も無い」
他にも家臣が二人その身を以て姫を守り、今に至る様だ。
四人に十分睡眠を取らせれば、一行は遅めの夕餉で程よく腹を満たし、交代で監視をしつつ十分な睡眠をとったのである。
朝餉の後に出立となれば、正室の手の者達はその場に縛り置き、昨日来た道を朝靄の中進めばやがて東山道へと出た所である。
敵は四人が身を潜めながら進むと考えているだろうから、東山道は中々にして安全となる。
「ところで、皆様それは一体……?」
「ん? 石だが?」
忍びの目がある以上、普通でなければならない。ならば戦い方は限られよう。
「……それは見れば解りますが……」
「飛礫はな中々にして有能な飛び道具だ。この先追手が待ち構えていないとも限らぬ故、準備をしている」
一行は歩きながら適当な大きさの石を拾い懐を満たしていたのである。無論、すずも馬を降り楽し気に石を選び歩いていた。
「……まさか……娘御も飛礫を?」
「我らの中でも一番の使い手だぞ」
「なんと……?」
「ぷくく……見たら驚くだでな」
何事も無く先を進めば曽我の大社は間もなくと言う。
「此処まで来ればもう」
「皆様、本当に感謝申し上げます」
「いや、安心するのは早い。背後に殺気を放った者が二十二名こちらに急ぎ来ておる」
「なんと!」
「此処で逃がしては大事だ、奴らも命がけでこよう、ほれ既に全員抜き身だぞ」
向き合えば、追手は全員が抜き身で猛然と走り来る。一行は慌てる様子も無く全員が懐へと手を伸ばした。
「全員手加減をしつつ、忍びからおすずの礫が見えないよう隠してくれ」
「承知」
「方々は、数歩下がってお待ちを。で、うち一人は大社へ走り応援を」
「承知いたしました」
一人が曽我の屋敷へと走れば、忍びの目からすずを隠すように立ち位置を変え、一斉に投げ始めたのである。
慌てて滅茶苦茶に投げているように見えるが、狙いは的確であった。手や刀に命中すれば敵は堪らずに刀を手放し脚を止める。更に足や肩、時には顔面へと当たれば我が身を守ろうと、今度は後退を始めたのだ。特にすずが放つ飛礫の恐怖に敵は取り乱し始めたのである。
「何たる飛礫……」
「大人でもあれ程のものは……一体どのような技なのか……」
無論、得体の知れない忍びの監視がある為、すず以外は普通を装った飛礫だがそれでも十分過ぎる程に効果はある。
「者共! 退けぇぇい!」
敵は落した刀さえそのままに退散すれば、同時に曽我の兵たちが急ぎ走り来る土ぼこりが撒きあがっていた。
「これにて、誠に安全となったようです」
道忠の言葉に姫と家臣たちは深々と頭を下げた。
「我々だけでは助かる訳も無く、この御恩決して忘れませぬ」
「本当にありがとうございました」
姫君からは曽我に立ち寄るように再三誘われたのだが、それを道忠が丁寧に断っていた。
「それではお礼が……」
「礼など及びません、我々が出来るだけの事をしたまでです」
「そうだ手助けついでに、一つ護符を書いておこう。」
「札を?」
「この先、難が無きようにな」
「だ、それは良いだな、鏡の護符さ効くだよ、もう安心だで」
曽我の家の者とすれ違うように道を進むと、四人は並び深々とお辞儀をしていたようだ、それらをすずが振り返り見ていれば、やがて家の者も全員が馬から降り同じように深々と頭を下げていたようだ。




