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手負いの先客

 順調に進めば、間もなく陽が暮れ始めた。大禅が言うに此処より森の脇道を行けば、一晩過ごすに適当な場所があるようだ。


 一行は東山道から細い道を行き、森へと入れば程なくして無人の社へと辿り着いたところである。


「ん? 誰か居る様だぞ」

「只ならぬ動揺と殺気だな」


 時貞が目配せをすれば山人が戸を叩いた。


「御免、怪しいものではない開けさせてもらうぞ」

「……、……」


 返答がないが、山人が静かに戸を開ければ、三人の男と若き娘は一斉に警戒をしたのである。恐らくは何者かに襲撃され此処まで逃げ延び身を隠していたのであろう。


「驚かせてすまんな。我らは旅の者、一晩過ごしたく参ったのだが」

「……、……」


 誰一人声も出さずに、娘を庇うよう構えたところを見れば、この娘は要人に違い無い。


「何か訳有のようだが、返答ぐらいはできよう」

「……、……」

「困り事なら力になりますよ」


 道忠と時貞の姿に少しは安心したようだ、完全に警戒を解いてはいないが、先ほどからすれば随分と肩の力を抜いていた。


 全員がボロを纏い顔さえ汚し身分を隠しているようだが、娘からは決意の強さと品の良さがにじみ出ているし、男たちは武人に違いない。


「見ての通り、我らは神職とその従者だ、その方の刀傷診てやろう、放っておくと大事になるぞ」

「……、……」


 傷が見えている訳でも無いのに刀傷があると知られた事で、初老の男は目を細めて小平太を観察していた。


「多くを聞くつもりも無いし、こちらも語るつもりはない。しかしこれも縁と言うもの、素直に診せるがその方達の為、またいつ襲われるか判らんのではないか? 万全にしておかねばその娘、守り切れぬぞ」


 時貞の言葉に男たちの顔つきが変われば、完全に肩の力を抜いたようだ。


「恐れ入りましてございます」


「太助、頼む」

「承知」


 太助は今、徳蔵の後を継いで薬師としての道を歩き始めた所であった。


 そもそも太助には調合の才があった。元々勤勉なところもあるのだが、何事にも応用が利くあたりも、薬師として重要となる。


 故に若い頃から徳蔵に認められ、薬師の基礎を学んでいたのであった。時には徳蔵に変わり病人や怪我人を診る事もあったくらいだから徳蔵が無き今、一つ返事で薬師へと転身したのである。

 

 そもそも大沢では薬師になる事を目指し、それだけを学ぶという事は許されていない。忍びとなり人体を知り尽くし、あらゆる薬の調合を覚え、その摂取量さえ適格となる、それらはいかなる状況下であっても見誤らない程に精神力が鍛えられた者でない限り、薬師とは成れないのだ。


 故に、歴代の薬師たちは皆、忍びから転身した者達であったし、あの徳蔵もそうであった。幻としての腕は超一流であったが、長男の風太が病に倒れた事をきっかけに薬師として全神経をそこに注いだのである。


 それでも風太が助かる事は無かったが、薬の品質は大いに向上し、特に痛み止めとなる痛薬に関しては驚くべき効能となったのだ。


「深手ではない、安心しろ」

「忝い」


 荷車より塗り薬と蒸留させた酒、それに手拭いを持ってくれば手早く処置し、患部を保護した。


「一つだけ聞いても良いか?」


 時貞の問いかけに、初老の男は娘から了承を得れば静かに返答をしたのである。


「どうぞ」

「我らは京へと向かうが、その方達は何処へ行く?」


 再び娘を見れば大きく頷いていた。


「曽我大社へ」

「ん?」


 一行には土地勘が無いものだから大禅の助けを待っていた。


「此処より、近淡海《琵琶湖》へと向かったさき、通り道にござます」

「左様か、であれば、我らが道中守ってやろう」

「なんと……」

 

 男たちは顔を見合わせ、娘が大きく頷けば初老の男はその場に座り直し深々と頭を下げたのである。


「是非にも願いたく存じます、しかし追手は軽く見ても三十人は居るかと、こちら様に迷惑になるのでは?」

「それくらいの人数なら全く問題も無い」

「は?」


 時貞の揺ぎ無い自信に男たちは驚いて一行を眺め見たが、どう見ても丸腰には違いない、どうやって守ってくれるのかと言わんばかりの表情であった。


「心配ない、武器は全て荷車に積んである、まぁ素手で十分だがな」

「なんと……」

「心配は要らぬ、先ずは充分に身体を休めるが良いぞ」

「有難き事」


 道中、余程に苦労をし此処に至ったのだろうが、どうやら動くに動けぬ状況に陥っていた様子である。しかも、この数日は水以外何も口にしていない事は見て取れた。


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