やさしさ
「な……、……あ、あんた何者だ?」
「ん? 武蔵国は柿岡村が生まれ故郷と知ったばかりの仁平だ」
「はぁ?」
「そうか難しいか。それ程に人を殺し、子をさらったのだろうな」
「う! い、いや……」
「では、その時の話を聞かせてやろう。晩秋の真っ赤な夕暮れだった、母親は伊作に何度も刺されてな、駆け付けたおとうは泰三に切られた。おかあの背に居た弟の留吉も躊躇なく刺されたんだが、どうだ?」
男たちの顔色は見る見る悪くなり、更に数歩後退った。
「あぁぁぁ……まさか……」
「ん? 思い出したようだな」
「あんた……あんときの……」
「そうだ、毎日殴り蹴られ挙句は下野の山中に捨てていかれた子供だ。伊作よ覚えておろうが」
「あぁぁぁ……」
「……ま、まさか……仕返しを……それで後を追って……」
泰三の話を遮るように手を上げてそれを制すると話を続けたのである。
「山中に捨て置かれた俺は死の際に居たが、神さまのような御方に助けられてな、この通り生きておる。で、その御方だが何者だったか解るか?」
「……、……さ、さぁ……神さんの使いの方で?」
一行と同行していた神職の恰好を見ていればそう答えて当然と言えよう。
「否」
男たちは一様に困惑していた。
「……全く見当もつきませんで……」
「そうか、ならば特別に教えてやろう」
「へ……へえ……」
いったい何が言いたいのか判らぬも、自分たちの命運に関わる事には違いない。男たちは皆、顔を引きつらせていたが相手は一人、しかもどう見ても丸腰である。泰三は一人眉を顰めればいつでも抜ける様に柄へと手を伸ばした。
「その御方はな、恐ろしい程に腕の立つ忍びであったのだよ。しかも幻と言ってな、敵となった者はその姿を目に捉えた時には命が無くなっているという、凄まじい忍びだ」
「し、忍び……」
「故にな、俺も死ぬほど鍛錬したんだ。実際に死にかけた事は数えきれない程にだぞ。お陰で今ではめっぽう強い。そして、めっぽう強い者は優しくあれとも教わった。だからな、俺はめっぽう優しくもある」
泰三はその瞬間に柄に有った手を引くと、一歩後ろへと後退った。
「あ、あんた……忍びか……」
「おい待て、優しいのくだりはちゃんと聞いたのか? 話の肝だぞ?」
優しいとは言うが、忍びと言えば冷酷無慈悲の可能性が極めて高い、ならば男たちは一様に警戒し後退るのも当然である。
「……え? えぇ……き、聞きましたが……」
「そうか、なら良い。では伊作よ、その優しさとは何だ?」
「……えぇと……その……」
「ん? 知らんのか? なら泰三はどうだ?」
「……、……あんた様の命を助けてくれた御方のような……」
仁平が納得した表情を見せれば泰三は安堵に大きく息を吐いた。
「ほう、良い答えだ。困っている者を善意で以て助ける事もやさしさの一つだ、ならば、その困っている原因を取り去ってやるのも、またやさしさとなる。つまり悪党に困った人が居るのなら、その悪党を排除する事がやさしさとなる、判るか?」
「……、……お、お許しを……もう二度と……」
仁平は再び手を上げて男たちの謝罪を遮った。
「しかし、悪党とは言え、人の子だ、ならば二度と悪行をせぬよう改心させてやるのも優しさとなる」
「ありがてえ!」
男たちの表情は一変し、希望に満ちたのである。
「もう二度と……二度としねえです」
「えぇ、誓ってもうしねえ」
「そうか感心だ。しかしな人は時として命惜しさにその場では改心した振りをする者も多い、所謂嘘つきだ。忍びとなって多くの悪党を相手にしてきたから、俺は嘘つきを見破れる力がある、それにお前ら先ほど既に嘘をついていたぞ」
男たちを見回せば全員が縮こまり怯えていた。
「あ……いや、あれはその……」
「なんだ?」
「いや……その……」
「わ、我々は本当に二度と……それに村には年老いた親と女房が……それにまだ小さなガキ……いや子供も……俺らが帰らねえと、皆死んじまうんで……」
「ほう、年老いた親と女房に小さな子か、他の者も村に家族が居るのか?」
「へえ! ……お、居ります……なぁ……」
「あぁ、居る……俺には子が三人……」
「そうか、とんだ嘘つき共だな」
「嘘じゃねえ!」
「お前らその村を寝ぐらにしているだけだろ、さっき寄ってきた所だから知っておるわ」
「くっ……」
「では折角だ、もう一つ優しさを教えてやろう」
「ありがてえ!」
「罪をこれ以上重ねさせず、この世から消してやるのも優しさだ」
「あ?」
瞬く間の出来事であったから、当然逃げ出す間など無い。懐から抜いた短刀を見せつければ、男たちは絶望を極めた表情のまま、その場に倒れて行った。
男たちが苦しむ事も無く死ねたのは、仁平のやさしさと言えよう。しかし、その表情はどれも目を見開いていた。
男たちは瞬間にして、苦しみ以上の痛みと恐怖を味わったのである。
「人が最も痛みを感じる急所だ、殺してきた人々の痛みを知るが良い」
懐を探れば、泰三が結構な金子を持っていた。それを手にすると仁平は素早く走り、先ほどの村を目指したのであった。




