鬼を斬った刀
小鬼が現世、つまりこの世に現れるのは大昔であれば、そう珍しい事でも無かったようだが、此処数百年に関して言えば、その全てが呪師の術により呼び出されたものであったようだ。
「……伝えの通り、やはり呪師が絡んでおったのか」
「その様です」
ただし呪師の正体も目的も一切解らずと記されていた。
また、小鬼の状態では何の対処も出来ず、放っておき鬼になるのを待たなければならないとも書かれていた。
「鬼になるまで五十人もの命が……酷いな……」
「誠に」
次いで捲れば現世と常世について書かれていた。
人間を含め万物の生命が住まうこの世を現世と言う。一方で神々をはじめ妖と呼ばれる種族が住む世を常世と言う。現世の生命が死を迎えれば、それは魂となり常世へとゆく事となる。
そして二つの異なる世には決まり事が存在する。
常世に住まう者は現世より来た存在に干渉できない。無論、同じように現世に住まう者は常世より来た存在に干渉できない決まりがある。
「ならば、我々人間は常世の妖に干渉できずとも、向こうは干渉出来ると?」
「その通りにございます」
「……あれ……? 待ってください。道雪殿は鬼切と言う刀で鬼を斬った筈では?」
鬼切とは、どんな刀でも斬れなかった鬼をいとも容易く斬った事からそう名付けられた刀だが、詳しい事は一切知られていない。
「確かにそうだな、ならば鬼切とは常世の刀なのか?」
「いいえ、先を読んで頂ければ書かれてございますが、鬼切とは刀ではなく術にございました」
「術?」
伝説では恐怖に陥った京に道雪が現れれば、まるで天狗のように宙を跳び瞬く間に鬼の目の前に立ったと言う。
いとも容易く鬼の膝が落ち、続け様に高く跳躍し宙にて刀を振れば難無くその太い首が落ちたとあったのだが、事実は違ったようである。
「では、このあたりで本題に入らせて頂きたく」
「うむ」
「こちらに、自然の術を扱う者が居ると天海より聞き及びましたが、お間違いございませぬか?」
大厄災の少し前、すずの凄まじい飛礫の謎を解こうと千弦が各方面に問いかけたところ、神道者の天海と言う人物が僅かながらに自然の術について知っていたのである。
大禅はそれを知り此処へ来たのだろう。
「まさか……」
「という事は……、……おすずちゃんが……鬼を……?」
大禅が鏡へと来た理由は道忠と時貞の力を借りたい訳では無く、自然の術の使い手である、すずが目的であったのだ。
「待て。先に言っておくが、その子が使える術は飛礫に限るぞ? まさか飛礫で鬼は倒せまい」
道忠と時貞表情が忙しなく見えるのは仕方も無い。すずが鬼退治をするなど、赤子が獰猛な熊に戦いを挑む程にあり得ない事だからだ。
「既に飛礫が使えるのであれば、間違いなく他の術も会得が出来ると存じます。それと一点」
書に詳しい事は掛かれているようだが、どうやら鬼とは戦うことなく術で常世へと帰すだけで良いらしい。
しかし、すずが鬼と対面する事に変わりはない。本人がこれをどう受け止めるのかは想像ができよう。
「さてさて、ひと騒動起きそうだ」
「間違いありませんね」
道忠はすずと小平太達守り人との関係、それに今日に至る経緯を説明すれば、守り人達の能力の凄まじさを語った。それは守り人達の同行を求める為である。
「それ程の使い手とあれば道中も心強い限りにございます」
「ならば安心です」
「ん? 道忠よ我らも行かんでどうする」
「え? 良いのですか?」
「此処で案じているよりも得策だろう」
大厄災が無事に治まった今、この二人が社殿で構えている必要性は低い、ならば一緒に出向き何かしらの力になった方が日の本の為となる。
「では、急ぎ皆を呼んでまいります!」