大きな背中
冷たい地面の上で寒風に晒されているはずが、気づけば見知らぬ男に背負われていた。
その背中はとても温かく心地が良いだけではない、何と言って良いのか解らないのだが、例え様の無い安心感が仁平を優しく包んでいるのである。
痛みがあるから、これが夢では無い事は理解している、ならばこの男の人はもしかしたら神様なのかも知れないと考えていた。
「気が付いたようだな」
「……だれ? ……もしかして、かみさま?」
「ふははは、残念だが俺はただの人間だ、名を徳蔵と言う」
「とくぞう……さん」
「あぁ、郷の皆には徳蔵様と呼ばれているがな」
「えらいひとなの?」
「いいや、偉くはないが……いいや、少し偉いな。うん、確かに偉い。しかし俺が徳蔵様と呼ばれているのは、そこでは無い。めっぽう強く素早いからだ」
「めっぽうつよくて、すばやい……?」
「あぁ、驚く程にな」
身体が温まった事で痛みが増したようにも感じる。腹部は鈍痛が続き、身体のあちこちが酷く痛むのである。間もなく熱が増したのだろうか、目に見えて身体が震え始めたのであった。
死は覚悟していたし怖くないと思っていたが、安心感に包まれた今、仁平は死にたくないと思い始めていたのである。
「熱が増したようだな」
「……、……おいらしぬの?」
「いいや、これ程に熱が出たという事は、坊やの身体が傷や痛みを治そうと必死に戦い始めたって証拠だ、必ず良くなる頑張れよ」
「うん」
「郷に戻ったら薬師に見て貰おうな。俺の郷は特別でな、怪我人や死にかけた者が多く出る、ならば薬師の腕はそれなりに良い、日の本一かも知れん位にな。だから坊やの傷も必ず良くなる」
「……とくぞうさま、なんでそんなにやさしいの?」
寺の坊様でもない限り、死に掛けた見ず知らずの子供を助ける理由はない。何の病気を持っているか知れたものでないし、厄介なだけである。ならば、そうした者を見ても見ぬふりをして通り過ぎるのが世の中と言うものである。
「めっぽう強いからだ、強い者は優しくあるものだ」
「そうなんだ……」
「ところで坊や、名前は?」
「にへい」
「ほう、にへいか良い名だな、どのような字を書くのだろうな」
「じはわからないけど、おとうが、たいらにとくがくるようにって、いってた」
「ん? おとうは武家か?」
「ううん、りょうしだよ」
「そうか、猟師か……随分知識が深いな」
「ちしき?」
「物知りって事だ」
「うん、おとうすごくいっぱいなんでもしってた」
「知っていた……か……」
名前を褒められた事で嬉しくあったのは、父親と母親が褒められたと感じたからに他ならない。
仁平は嬉しいあまり、在りし日の家族を思い浮かべ幸福な気分に浸ったのだが、次の瞬間にそれは跡形もなく崩れ去った。
家族との幸福な思い出は、一瞬にしてあの悪夢としか言いようのない凄惨な光景に塗り替えられてしまったのである。
幸福なひと時を思い出そうとすればするほど、凄惨な光景が鮮明となってゆくのである。故に仁平の身体は強張るばかりとなった。
「……、……」
「どうした、辛い事を思い出してしまったか?」
「……、……とくぞうさま……おいらもがんばればつよくなれる?」
「ん? 強くなりたいのか?」
「……うん、なりたい……つよくなっておとうやおかあ、それにとめきちのかたきうつんだ」
「そうか、色々あったようだな」
仁平は己の身に起きたすべてを全て話せば、徳蔵の大きな手が力強く仁平の手を握りしめたのであった。
「そうか、なら人一倍強く成らぬとならんな」
「うん」
「良いか、人には運命と言うものがある。仁平が経験した信じられないような辛い事が運命ならば、俺と出会ったのもまた運命。ならば、忍びになる事が運命だったのかもしれん」
「……しのび?」
「忍びとは誰よりも強く素早い、人さらい如きが相手にならぬほどにな」
「わぁ!」
「まぁ、先に行っておくが鍛錬は死ぬ程に辛いぞ、実際に死ぬものも多いからな」
「おいらがんばる」
期待に胸が膨らむ事で身体は癒される、死の際に居た仁平への応急処置としては最も有効的な手段であった。
「そうか、なら鍛えてやろう」
「うん。でも……つよくなっても、かたきはどうやってみつけるの?」
仁平がそう問えば大きな手が再び仁平の手を優しく握ったのであった。
「運命ならば、願わずとも出会う事となる、必ずな」
「そうなんだ……とくぞうさまってすごいな、なんでもしってる」
「ふはは、これは褒められたな」
仁平は半年ほどの療養を経て忍びの鍛錬を始めれば、誰よりも上達したのである。それは家族の仇を取るという明確な目標が成長を速めたに違いない。その成長に徳蔵は悦び良く褒めてくれたのであった。
***
「運命なら願わずとも出会うか……徳さん、あなた様の言う通りとなったよ」
「あぁ、そうだな。我らはこの先で休息をとり待っている、忍びは我々が引き付ける、心配いらぬぞ存分にな」
「承知、あいつら金子を持っていれば先ほどの村に置いてこようかと」
「そうだな、少しは迷惑料になろう」
仁平は列を離れると、静かに来た道を戻り、男たちの後を追ったのである。
「仁平様さ何処さ行くんだ?」
仙吉に仁平それに山人は小平太から幻として認められた為、様付けで呼ばれるようになっていた。本人たちはこそばゆいと嫌がったが、大沢のしきたり故変える訳にもいかない。
「さっきの連中、古い知り合いだったようだぞ」
「んだか、こったところで知り合いと会うなんてすげえだな」
「運命と言うやつだ」
「んだか」




