忘れぬ記憶
寺で一晩世話になれば一行は再び西を目指し歩いた。途中雑炊で昼餉を済ませれば、小さな集落を見つけ立ち寄ったところである。
「すまぬな、感謝致す」
「水ぐれえの事でもったいねえ」
「人が生きていく上で最も必要となるのが水だ、これ以上の感謝はない。ところで村の衆、何か困った事は無いか? 我らに解決出来る事なら致そうぞ」
村の人々は其々に顔を見合わせると、ボロな一軒家を見つめたのである。
「あの家がどうかしたのか?」
「此処一か月ほどは留守してるんだが、人さらいが五人も勝手に住んでて困ってるだ。若い娘はいいようにされるし……もうどうしていいか……」
「そうか、ならばその者共が帰らぬように札を貼ってやろう」
時貞は懐より筆と紙札を取り出せば、そこにどこぞの家紋のような記しを書くと念を入れ、戸板に張ったのであった。
「これはな、此処に戻る事はならぬと記した護符だ、そやつらは二度と此処へ戻る事は無い、安心して暮らすが良い」
「これはありがてえ」
歩く速度は一定にして速いが、時貞とすずは馬の背に揺られているから問題も無い。順調に進めば間もなく木曾川の渡場が遠くに見えてきた所である。
「なんか賑やかな人たちが来るだな」
「あぁ、そのようだ、ん? もしやあの者どもか?」
「人数的にそうかもしれませぬな、しかもあの風袋、悪党に違いも無く」
「さて、早速札の効果が出たようだ」
「先ずは様子をみましょう」
その一行の面々を見れば皆、四十を過ぎる程に歳を重ねていそうだが、悪ふざけの質は十位の子供と変わらぬほどに幼稚と言えた。
「おめえ、いい加減にしろ……うわ……だから種を飛ばすな、背中に入っちまったじゃねえか」
どうやら、途中で採ったあけびを食しつつ歩いているらしい、男は黒い種子を仲間に向けて吹き飛ばして喜んでいるのである。
しかしその者達の人相たるや普通ではない、幼稚な行動とは裏腹にかなりの悪行を積んでいる事に間違いはない。
「汚えな……こっちには飛ばすなよ、馬糞投げつけっかんな」
「がはは、先にやってやれ」
一行とその者達がすれ違えば、仁平にしては珍しくその面々を目に追っていたのであった。それは敢えて自分の顔を覚えさせるような行動でもあった。
「仁平、どうした?」
「あの者共、間違いなく両親と弟の仇に」
「ほう、この様なところで出くわすとは、早々に護符が効いたようだ」
仁平は五歳の頃に人さらいによって、家族を殺された挙句に連れ去られ、連日の暴行によって死に掛ければ、下野の山中に捨てられたと言う悲しい過去があった。
故に、己が何処で生まれたのか未だに知る事も出来ずに生きてきたのである。
***
二十三年前、晩秋か初冬の事であった。赤く染まった空は言いようのない寂しさを感じさせていた。時折北風が強まれば首を竦めて、それをやり過ごした。
母の背中には二つになる弟がおぶさり、仁平はその母の手を握っていた。弟を寝かせる為もあるが、それは仁平をなだめる為でもあろう、耳に心地の良い子守歌を聞けば自然と安心できたのをおぼろげに覚えている。
「おとう、まだ?」
「もうすぐ帰るよ」
雨が続いたものだから、父親が狩りに出かけたのは久しぶりだったと記憶している。貯えの穀物は乏しく食べさせて貰ってはいたものの、腹が満たされる事は無い、故に父親を待つ間は酷く長く感じていた。
間もなくして、遠くに人影が見えればそれは通りすがりの旅人であろうか、やがて近づき見ていれば、子供を三人ほど連れた五人ほどの男衆が荷車を押し通り過ぎた所である。その瞬間仁平は子供心にもその者共が真っ当では無い事を感じ取っていた。
荷車はすぐに止まり、一人の男が近づいて来たのである。
「元気そうな子だな、それに賢そうな顔立ちだ」
笑顔を見せているもそれが危険な笑顔である事は安易に想像がつく。仁平は一歩下がるも男は前歯の無い笑顔を見せたまま仁平を見定めているようであった。
「おかあ……」
「なんだい、あんたら人さらいかい!」
「ん? だから何だ? よし病気もなさそうだ」
この時、仁平には荷車を引いてこちらへと向かう父親が見えた所であった。
「おかあ……おとうがけえってきた」
「後ろに隠れてな」
「何をごちゃごちゃ言ってる、その小僧を寄こせ」
「何よあんた! こん子に触んな!」
「あ? 良いから寄こせ」
あの時の母親の表情は忘れない、男を睨みつけ仁平を自分の後ろへと庇うと、大声で叫んだのである。
「あんたぁ! 人さらいだよ! 急いで!」
「ちっ……めんどくせえな」
男は懐より短刀を引き抜くと、何の躊躇も無く母親の脇腹を何度も刺したのである。
「おかあぁぁぁぁ!」
屈強な父親であったから、只事ではない状況に猟師槍を手に凄まじい速さで走って来た。
「おめえら! なんだあぁ!」
「うわ、また面倒くせえのが来た」
「おかあが……おかあが……殺された!」
「何っ!」
怒りに打ち震えた父親が槍を構えれば、先ほどの前歯の無い男は後ろへと下がり、代わりにいかにも使い手と見える男が、腰の刀に手を置き前へと出てきたのである。
一瞬の出来事であった、信じ難い血飛沫の後に父親が倒れれば、痙攣を繰り返しやがて動かなくなった。
「おとう! おとう!」
「幼子はどうせ育たねえ」
「そうだな」
ドスッ……
「うわぁぁぁ!」




