呪い
*この回はとても残虐なお話となります、ご注意ください。
喜平の薄気味悪い笑みを見れば、昼間の会話を思い出す事となった。
(そっか、家族仕留めれば皆、食えるか、そうだな全力で仕留めっかぁ、くくく)
「お……お前、まさか……、……」
「あぁ? ようやく気付いたか? 遅ぇな」
「おいっ! ふざけるなっ! おぉいっ!」
「おまえさん……これは一体……」
「おとう……?」
「二人とも待ってろ! 必ず助けてやるからな!」
「それは無理な話だ」
「ふざけるな! 長老よ! あんたどういうつもりだ!」
「村の皆、食ったに、お前たち家族は、未だ人を食ってねえ」
「それがどうした!」
「人肉を嫌う人間をよ、順に食ってきた、その順がお前さんたちに廻って来た所だよ」
「なんだとっ! お前ら人を殺して食っていたのか!」
「あぁ、そうだ。何が悪い」
月明かりと松明に照らされた人々の眼光は狂気そのものである、表情こそ悲壮感を訴え見せてはいるが、その目つきは真逆であった。
「おい……待て考え直せ。猟場があるんだ、なっ! 皆食っていけるんだよっ!」
「獣の肉は臭くて敵わん」
「何?」
「それに比べて人の肉は美味だ。お前も食っとけば理解できただろうに」
「……そ……そんな……うそだろ……」
この頃になると、村の衆は腹が減って仕方なく人肉を食していた訳では無く、好んで食していたのである。その事実を知った伊佐治は蒼白となり、頭の中は混乱を極めた。
好んで食していたのであれば、猟場が有ろうが無かろうが興味などある筈もない。
間もなく、非情にも長老が合図を送れば腰に鉈を下げた数人の男たちが菊と笹を取り囲んだのである。
「いやぁぁぁ!」
「おいっ! やめろっ! まてっ! 本当に止めろ!」
二人の縄を解いたのは何も逃がす為ではない、着物を剥ぐ為であった。ボロとは言え布は貴重である、故に二人は身ぐるみはがされ全裸とされてしまった。
「もったいねえなぁ……食っちまったらしめえだってのに……」
笹と菊の全裸に男衆は興奮を隠せずにいた、舐る様な視線に笹と菊は悲鳴を挙げ伊佐治は言葉にならない怒声を発していたが、男衆にはまるで届いてはいない。
肋骨が浮き出るほどにやせ細った身体に、狂った男衆は群がり身体を撫でまわし吸い付く者さえ居たのである。
「いやぁぁぁ! やめてぇぇ!」
「おい、おめえらその位にしておけ、でいじな食い物だ、汚すな」
「お、おい! や、やめてくれ……頼む……判った……俺の事を食え。だ、だから二人は……頼む……殺さねえでくれ……頼む……頼むから二人の事は……俺の宝なんだ……頼む! 頼むよ!」
男たちは楽しみを制止された事で我に返ると、腰から鉈を引き抜いたのである。菊と笹は腰を落とし、その場を逃れようとするも力で敵う訳もない。
無理やり立たされれば、切り株まで連れて行かれ、その場に膝をつかされると、先ずは菊の頭が切り株に押しやられたのである。
菊の悲願と泣き叫ぶ声に、伊佐治の怒りは頂点を極めようとしていた。
「や、やめて……おねがい……やめて、いやぁぁぁ!」
「そんなに強張るな、肉が固くなっちまうだろうが」
「くそぉぉぉ! おめえら全員ぶち殺してやる!」
振り上がった鉈とその行方を伊佐治はその目に焼き付ければ、噛みしめた口脇からは一筋の血が流れていった。
ドンッ……
「くっそぉぉおぉぉぉっおおおっ!! やりやがったぁぁぁっ!!」
足を縛られ逆さに吊るされれば、頭部を失った首からは恐ろしい程に血が零れ落ちていったのである。気を失った笹が切り株へと連れて行かれ、同様に命を絶たれたのであった。
「くそっおぉぉおっらぁぁぁっ!」
皆の視線が菊と笹の亡骸に向けられている隙に、手の縄を怒りに任せて引き千切ると脚の縄を解いた、菊を解体している男たちに突進すれば素手で以てその場にいた二人を絶命させ、石像の前に居る長老を睨みつけたのである。
「な! 縄が切れたぞ!」
鉈を振りかざし襲ってくる男たちをなぎ倒しつつ、長老の前まで行けば石像を手に取ったのであった。
「おい、この石神が俺たちを食えと言ったのか?」
「ま、まて! 儂は長老だ!」
伊佐治の背中に鉈が刺されば、ゆっくりと振り向きその者を石像で撲殺した。その亡骸を踏みつければ、再び長老を見下ろしていた。
「長老だからなんだ?」
「ひいぃぃぃ……」
伊佐治の妙に落ち着き払った様子と、感情が見えない表情に長老は震えるばかりである。
「答えろ」
「うぅ……そ、そうだ……言った……だから仕方なかったんだ……わ、儂の所為じゃねぇ!」
「そうか、とんだ神様だな面白え。ところであれは何だ?」
「……お、お前の……い、伊佐治の……」
「俺の何だ?」
「あわわわ……ちょっと待て……落ち着け、話をしよう……な?」
「俺は落ち着いているぞ? 取り乱しているのは長老お前だよ」
「ひぃぃぃぃ……」
無表情だった伊佐治が突如、鬼の形相となれば近づく者は居ない。
「二人は俺の宝だと教えたよな、聞こえなかったのか?」
「や! やめてくれ!」
「やめてくれと俺も頼んだが、どうなった?」
「ひぃぃぃ……本当に……ほんとうに悪かった!」
「ふははは! これは面白い。悪かったで、許されると本気で考えているのか? 詫びを入れれば笹と菊が生き返るのか? あぁ? 答えろ」
鉈を持った男たちはじりじりと近づくも、伊佐治の腕力は知っている。しかも今の伊佐治は怒りの頂点を越えているのだ、迂闊に近づけば命はない。
「おい、お前ら! 儂を助けろ!」
「無理な様だ」
「おぉい! やめろ! 頼む!」
「地獄に堕ちろ」
鈍い音と共に長老が地に伏せ、しばらくした後に息絶えるも伊佐治は殴り続けていた、やがて顔も頭も原形を失えばゆっくりと立ち上がったのである。伊佐治の視線の先には腰を抜かしている喜平の姿があった。
「おい、喜平、ちっと前に足腰立たねえほど殴り倒すと言ったな。あれは取り消す。お前も死ね」
「……まて……待ってくれ……違うんだ!」
「言い訳は地獄で聞いてやる、先に行って待っとけ」
腰が抜けた喜平を殴り殺すと、今度は菊と笹を解体した男たちに狙いを定めたのである。
しかし、鉈を持った男が七人も居れば伊佐治も唯で済むはずもない、身体中に深い裂傷を負い血塗れになりながらも石像で男たちを追い詰めていった。
だが、あと一人と言うところで首深くまでに鉈が刺されば伊佐治はその場に膝を付き、石像を懐に抱えたのである。
「村の衆よ! 聞け……お前ら全員地獄に連れて行く……この石神も当然だ。俺は間もなく尽きるが、この呪いは尽きる事は無い。全員地獄へ堕ちろ!」
男が鉈を抜けば恐ろしい程に血が噴き出し、とうとう伊佐治はその場で息絶えたのであった。
時貞が読んだ石像の祟りに皆が顔をしかめていた。
「地獄だったな」
「狂ってやがる」
直後より、石像に触れた者に異変が起き始めれば、村人たちもその石像に祟りが憑いた事に気付き、その場に土をかけ誰の手にも触れぬよう封印したようだ。
「しかし、怨念は強い、村は半月と持たず廃村となり一人として生き残らなかったようだ」
「では、あの土砂崩れで……」
「うむ、村はその昔、老婆の家の山上にあったようだ、ん? これ、何処へ行く」
話を聞き終えた老婆は静かに立ち上がると、鉈を手にしたまま皆から離れた。
「あぁぁ……あぁ……おぇぇぇ……うぅ……うぅぅぅ……」
「死ぬつもりの様だな、好きにさせてやろう、彼女もまた被害者だ」
「昔はとんでもねえことが起きたんだでな……」
「今の世でもないとは限らんぞ」
「……うわぁ……もう、そった事あったらなんねえだで……」
「そうだな」
後のすべての始末は村人に任せ、一行は再び東山道を目指し歩き始めた。忍びは相変らずその後を追った。




