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石像

 夫は情を交わす最中に生きたまま食われ始めてしまったのである。


 あるまじき恐怖と容赦のない痛み、そして狂人と化した女房に食われていると言う、信じ難い現実に夫は身動き一つ出来なかった。


 やがて夫が息絶えた事を知れば、全身に血を塗り悦びつつ女は母屋へと戻った。


 囲炉裏の前には幼い女の子と思わしき無残な遺体がある。我が子を見下ろす女は足元に涙を零したが、やがて笑みに変わると娘の腕を引きちぎり食したのである。


「老婆よ、こうなる少し前、何か無かったか? 何か思い当たる節があろう」

「あ……あぁ……」

 

 記憶は更に少し遡ったようだ。長雨によって大規模な土砂崩れに遭い、畑が埋まっていた。夫婦は懸命に土砂を取り除き、大小の岩や石をそこから取り除いていたのである。


「女が何か取り上げて見ています、五寸ほどの人型の石像ですね……うっ! ……こ、これは……」

「これが祟りだ」

「それは一体?」

「土中より拾った石像……祟り本体にございます」


 いつの時代のものなのか、何が目的で彫られたのかは見ただけでは判らない。だが、その存在が途轍もなく危険である事は間違いがない。


「かなり強烈な祟りだぞ」

「凄まじいですね」


 女は泥を拭い、竹筒の水でそれを洗い流せば夫へと見せていた、気持ち悪いから捨てろと言われるも、女が異常なほど頑なに拒否をしているのは、この石像に特別な何かを感じたからに他ならない。女は手拭いに包むと懐へと入れたのである。


「女は祟りを神か仏と勘違いしているようです」

「なんと不幸な……」


 その様子に夫は仕方なしと溜息をつき作業を再開させた。


 やがて日が暮れ、家へと戻れば部屋の端に石像を飾り、花を添えれば碗に水を汲み祀ったのであった。夫は呆れ娘も最初こそ不思議そうにそれを見ていたが、突然怖がり始めたのである。


「娘の怖がり方に夫婦ともに躊躇してます」

「娘には何か見えると?」

「判りませんが、とにかく怖いとだけ……夫が捨てて来いと本気で怒ってます」

「それはそうだ」


 夫の剣幕に女は石像を手に取り、渋々外へと出れば小屋へと入り石像をそこに祀り直したのである。


「女は何故そこまで石像に執着を?」

「既に祟られてございます、恐らくは触れた時点で」


 女はその日より水と花を欠かさず供え、手を合わせていた。それより、数日間は何事も起きなかったが、女には確実に異変が起き始めていた。


「食欲がない事を夫が心配してますが、女は身ごもった気がすると言い訳を……」


 女は食欲が無かった訳ではなかった。単にそこにある食料に興味が無くなっていたからである。夫と娘が食事をしている間、女の視線は我が娘を捕らえていた。


 休んでいると良いと言い残し、夫は鉈を手に竹林へと向かえば、邪魔立てする者はもう居ない。囲炉裏の灰に花の絵を描いている我が子の後ろへと行くと、女は躊躇することなく、その首元を食い千切ったのであった。


「なんと……」

「だっ!」


 そこからは先ほど聞いた通りである、娘と夫を食い殺した女はその後、何日かをそこで過ごし、やがて腹が減れば夫の鉈を手に少し離れた隣家へと向かったのである。


 しかしそこで老夫婦を手に掛けるも、年老いた肉の不味さを知りその土地を離れ彷徨う事となったようだ。


「なるほど、見つからぬよう転々としていたか」


 それより七十数年を隠れて過ごし、この廃村へと来たようだ。


「石像はその家の中に」

「祟りの因果も知りたい。道忠、三の祓を頼む」

「承知しました」


 鏡には憑いたものや死霊などを祓う術がある、その祓いにも段階があるようだ。その辺の死霊などであれば一の祓を、厄介な悪霊となれば二の祓を使う、三の祓は特に危険な力を持つ祟りや霊に使うようだ。


 石像はやはり丁寧に祀られていた、道忠と時貞が傍へ行けばそれを凝視していた。


「かなり強力だぞ」

「問題ないかと」


 道忠は両袖をはらうように腕を回すと合掌し、続けざまに大きく広げたかと思えば背筋が伸びる程の開手を打った。


「いつでもどうぞ」

「先ずは読む、合図と同時に祓を」

「承知しました」


 時貞が石像に手をかざし、祟りの因を読み始めれば道忠は身動き一つせずに集中していた。間もなくして時貞の左腕が上がれば再び開手を打ったのである。


 二人は石像と共に外へ出ると大きく息を吐いていた。中々にして気を消費したのは想像に容易い。


「村の衆、この辺りに深い穴を掘ってくれぬか」

「へい」

「小平太殿、石像が埋め終われば術を解いて欲しい」

「承知」


 石像が地中に埋まるのを見守れば、小平太は老婆の後頭部に軽く手刀を入れて術を解いた。


「どれ、老婆よ人に戻れたか?」


 老婆はその場に膝を付き蹲ると嘔吐を繰り返し、やがては狂ったように叫び始めたのであった。


「ぎゃぁぁぁ! きえぇぇぇ! きぇぇぇ! おぇぇぇぇ……、……! きいいやぁぁぁ!」


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