祟られ
確かめようにも、誰一人としてそこへ行こうなどと言い出す者は無く、時だけが過ぎたのだが、やがては自分達の村が襲われるのではないかと、恐れていたところだと言う。
「しかしその老婆は一体何者に?」
「さてな、この目にして見ない事には何とも言えんな」
「……もしかして……そこさ行くだか?」
「うむ、困った人を助けるのも我らの使命故な、しかも通り道と言うのだから行かぬ訳にもいくまい」
「ありがてえ事で」
「……おらはちっとも有難くねえ……」
朝餉を終える頃には、村人も集まっていた。道案内として数人の村人と共に細道を行けば、五里ほど行った所で小平太が呼び止めた。
「まて、人の足跡だ、未だ新しいぞ」
「老婆め裸足であったか、しかしこれは……」
「なんだでこれ……」
大きさや形状からして女の足跡には違いはない、しかし爪先が異常としか言いようもない、指の先にあたる箇所に獣の爪のような跡が残されているのである。
「……やはり人ではないのか?」
時貞は眉をしかめ少し考えていたが間もなく何か心当たりがあるようだ。
「もしや……この老婆、祟られかもしれんぞ」
「祟られ?」
祟られとは何かしらの強い祟りに触れてしまい、人でありながら化け物や狂人となってしまった者の事らしい。祟られは古くから知られており、多くの人々がその犠牲となっている様だ。
「そうであれば祟りを絶たねばなるまいぞ」
「方法が?」
「その老婆、祟りの根源を身に着けているか、身近にしていよう。ならばその祟り自体を祓い地中に埋めねば、次なる祟られが出てしまうからな」
再び歩き始めれば、やがて廃村が見えてきた所であった。
「いかにも何か出そうな感じだな」
二十三軒の小さな家々が半ば崩壊しかかりつつも、その姿を残していたのである。話に聞いた通り、どうにか未だ使えそうな一軒からは何者かが住んでいる気配が感じられていた。
「なんか匂うだな……これって……」
「死臭だ……人か獣か……」
すずが初めて死臭を嗅いだのは、勾玉と出会う寸前の美濃の地であった。焼き討ちにあった集落には惨い亡骸が晒され、耐えがたい異臭を放っていたのである。
「おえっ……」
「小平太殿、気配は?」
「あの中に」
「居るだか……」
「皆、静かに。何か叫んでいるぞ……村の衆はおすずと共に我らの後ろに」
そう言って静かに近づき明かり取りから中を覗いた小平太は、その光景に目を顰めるばかりであった。
皴深く髪も斑に抜け落ち、もはや年齢は計れない。しかも形相は例え様も無い程に醜く強面である。
「もはや人ではないな」
「……ど、どんなんだ?」
「少しすれば嫌でも目にする事となる、気を高めておかぬと腰を抜かすぞ」
「だっ!」
老婆は人の大腿骨を手にそれで床を叩きつつ、時折その大腿骨へとしゃぶり吸い付いているのである。周囲には八体分ほどの人骨が散らばっていた。
「あぁぁぁ! 食いてぇ! 生肉が食いてえ! 若い人間の肉が食いてえ! 肝も食いてぇ! ……あぁぁ、食いてえ! 食いてえよぉぉ!」
「おいおい、人を食っていたのかよ……」
「だっ……と、と、とんでもねえ……」
「ひえぇぇ」
村人たちはその場に腰を抜かし震えていたが、鏡の一行はすずを含めてそれ程驚いてはいない。
「あんな状態で、よく人里を襲わなかったな……」
叫び声からして間違いなく飢餓状態であろう、佐助の言う通り人里を襲わなかった事は奇跡とも言える。
「今日明日が限度であったかもしれんな」
村人たちは顔を見合わせて青ざめるばかりである。もしも鏡の一行があの寺に現れなければ、自分たちの村が襲われていた可能性が高いからである。
「あぁぁぁ、若い男と交わりてえ……交わりながら生きたまま食いてえぇぇ! ……! うひひひひっ……、恐怖に歪んだあの顔がみてえなぁ……あぁ! 目玉ほじって食いてえ! あぁぁぁ! もう我慢ならねえ! ……あぁ?」
その瞬間であった、老婆が皆の気配に気づき、ぎろりと外を見やれば、それはもう言葉に言いようもない悍ましい表情で以て口元を弛めたのであった。
「みぃいつけたぁぁよぉ……いぃっひっひひ! また向こうから転がり込んで来たかい……これは有難いねぇ」
「我々に気付いたようだぞ」
「だ! 来るだか!」




