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客人

 死闘を極めた大厄災から十日の後、この日も鏡池を囲む森からは大小の地鳴りが響いていた。


「僅か十日で随分と浅くなったものだな」

「あと数日もすれば平らとなりましょう」


 祭壇が砂と化した事で圧する力が失せれば、鏡池は元の姿に戻るべく日ごと浅くなっているのである。


 道忠と祖父の時貞は地鳴りの発生源となる鏡池を、少し離れた位置から眺めていたが、間もなく二人は社殿へと引き返そうと振り返った。


「ん? 孫兵衛が走り来るぞ、何事かあった様だ」


「孫兵衛さーん、そんなに急いでー、何かございましたかー?」


「門前さー、とんでもねえー、苦虫食っちまったような顔したー、神道の人さ来てるだでなー、千弦様さ会いてえって言ってるだよー」


 孫兵衛はそう言いつつ、立ち止まると苦み走った客人の表情を器用に真似ていた。


「ぶっ! ちょっ……そ、それって……孫兵衛さん駄目ですよっ!」

「大禅か、懲りずにまた悪霊にでも憑かれたか?」

「……良く判っただな、流石だで……」

「……わかりますって……」


 客人は、各地を歩き神道を探求し続けている者で名を大禅と言う。着古して相当に変色した装束に身を包み、酷く厳しい表情であったのだが、それがこの者の素の表情である。


 森を抜け社殿の正面へと行けば、大禅は門前で深々と頭を下げ待っていた。


「大禅よ久しいな、中へ入るが良い」

「お久しく御座います……ところで……」


 まるで警護の姿が無い事と、地鳴りが鳴り続いている事へ疑問を抱いているようである。


 時貞は、つい十日前に大厄災が終息した事で警護の必要が無くなった事と、千弦が己の命と引き換えにこの世を守り、遠い過去へと旅立った事を伝えた。


「なんと……そのような大事に……」

「うむ、御神池の水が引いた時には、我々も腰を抜かすほどに驚いたものだ。ま、立ち話もなんだ中へ」

「恐れ入ります」

「ところで此度は何事だ? 悪いものに憑かれてはおらぬようだが?」


 余程の用がない限り鏡に来る事はない。前回大禅が鏡を訪れたのは、己では祓いきれない悪霊を祓って貰う為であったのだ。


「此度は私事に無く。実は(みやこ)()()なるものが出現しましたので、御力をお借り致したく急ぎ参じた次第にございます」


 道忠と時貞は目を細めて言葉の真意を探った。


「京に小鬼……、……とな……?」

「小鬼?」


 二人の問いに大禅は静かに頷いて見せた。


「道雪殿の鬼退治はご存じと思いますが」

「それなら知っておるぞ、有名な話だからな」


 百四十年ほど昔に、道雪と言う神道者が鬼を退治した話は関係者の間では有名であった。ただし、実際に退治した鬼は呪師による幻術と言われていた。


「驚く事にその鬼、本物にございました」

「本物? ……鬼が実在したと申すのか?」

「いかにも」


 大禅の話に道忠と時貞は少し顔を顰めていた。俄かに信じられないのは仕方も無い。


 世の中に知られる鬼伝説の殆ど、いやその全てに近いものが悪人を鬼と見立て後世へと伝えられたものと言われていたからだ。


「……何故本物と断言できるのだ?」

「道雪殿が遺した書が見つかりましてございます」


 そこには百四十年前に起きた鬼騒動の全てが書かれていたようだ。みやこに現れたるは、この世ではなく常世の鬼であると、はっきりと書かれていたらしい。


「常世の鬼だと?」

「いかにも」


 誰も見た事が無い妖の出現を聞き京へと急げば、大禅もその異様な姿を目にしたようだ。


「全体に赤黒く、只ならぬ妖気は私の霊力でさえ捉える事ができる程に、まさに赤鬼の子供と言うべき存在にございました」


 無論、当初は呪師による術に違いないという事となり、神道者の中でも特に名高い蒼天そうてんが神通力を試みたようだが無駄に終わった様だ。


「なるほど、この世の術が通じぬという事か」


「故に策を案じていたところ、道雪殿が遺した書が発見され、そこに打開策が示されておりました次第にございます」


 そう言いつつ背に掛けていた平包みを解けば古びた書を手にした。


「これに鬼への対処法がすべて書かれてございます」

「鬼の書……百四十年前の代物か、しかし良く見つかったものだ」

「道雪殿の御加護かと」


 開いてみれば、先ずは鬼について書かれていた。


「人にとり憑き魂を喰らい育てば鬼となる……か」

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